春が近い。間もなく新チームによる定期戦、交流戦の日程が発表される。代わり映えしないスケジュールだが、それでも眺めていると、いよいよシーズン“開幕”といった華やぎを感じる。
 秋への期待を込めて、私もまた、京王線の西調布や飛田給、阪急電車の王子公園などへ出かけて行くことになる。


 今回はセンターの話をしよう。今頃何を言っているの、と言われそうだが、最新の日本協会発行の公式規則から、「センター」の文字が消えているのに、つい先日気が付いた。何と変わったのかと言うと、「スナッパー」である。
 中学3年でこのスポーツに親しむようになってからずっと、攻撃ではセンター以外のポジションを知らない私にとっては、少し寂しい話である。


 感傷はともかく、近年ルールがこう変わったのは事実で、「ルールブックではセンターはスナッパー」と肝に銘じたうえで、この稿に取り掛かろうと思う。いつ、いかなる理由でこう変更されたのかは、そのうちにきちんと聞いておかねばなるまい。
 今回はその辺の事情はパスし、後日お勉強し直してまたコラムで紹介したい。実務から離れ、あまり豊富な材料は持っていないので、このようにしてコラムを書く「テーマ」を増やすのも、手段の一つかなと思う。


 で、センターだが、定義づけると①インテリアラインマンの一人である②ボールをスナップしてプレーを始める係り、となる。とにかく、そのスナップがこのポジションに位置する者の最大の役割で、時と場合では、その成否をめぐって、悲喜こもごものドラマが生まれるのはご承知の通りだ。
 とりわけ、後方15ヤードに位置するパンター目がけて、ロングスナップするのは、センターの「華」である。


 その昔、若いOB仲間から「○○が少しも上達しないので、スナップバックを教えてくれないか」とよく声が掛かった。古いOBを今さら引っ張り出さなくてもと思うが、母校ではロングスナップのことは彼に聞け、と言う評判がいつの間にかできていたので、むげに断れない。
 それにコーチやら、先輩やらに大先輩が指導にくるからと言われて、緊張しまくっている一生懸命の選手がいる。暑い日にグラウンドに出て行くのは、大概きついが、センターの技術向上のためにはやむを得ない。


 「君、ボール投げられるか。うん、投げてみ」。大体普通の選手は、ライン育ちの人間であっても、例の前後が少し尖った楕円球をつかんで、投げることはできる。スナップが利いていればなおよし、である。
 くるくると回転しながら飛んでいくボールを見たら、指導はもうほとんど終わりである。ボールへのなじみが薄くて、あまりうまくない選手には、きちんと球を投げることができる仲間を呼んで、正しい投げ方を指導させる。


 「上から投げても、股の間から投げても、ボールを投げるということではまったく同じ。あとは練習。一に練習、二に練習、三、四がなくて五に練習。股の間からという不自然な格好でボールを投げるのだから、練習よりほかに上達の道はないと思うよ」


 拙著「いざいざいざ」に書いたことだが、中学3年の春、部を立ち上げ、放課後仲間と練習のまね事をしているとき、私の役割は常にセンターだった。


 おませで器用な鈴木智之が、1年生の時から大学選手の米田満さんやら、徳永義雄さんらと慣れ親しんでいた「実績」を基に、QBを買って出る。
 軽快な走法の稲垣昇や、豪快に走る芳村昌悦らは今でいうRBを務める。西村一朗がボールを上手に受ける。だったら運動神経で劣る丹生は、最初のボール出しを担当するのが筋というものである。


 当時の関西学院のフォーメーションは「シングルウイング」だった。空色の地の日本協会の旗をご覧になったことがあると思うが、あの旗に描かれている11個の星印の並び方が、何を隠そう「シングルウイングバック・フォーメーション」そのものなのである。


 4人のバックスの配置が、左右どちらかに重点を置く並び方で、旗に描かれているような右方向へプレーを展開させる形のときは、センターの真後ろには左のHB、その右にブロッカー役のFB、そのまた右に少しラインへ近寄ってQB、さらに右エンドの外側の位置に右のHBとなる。


 さてセンターである。通常は真後ろのHBが、スナップの受け手となる。しかし、球を受けてから走り出すよりも、スタートを切ってから球をもらった方が、より効果的に走れるのではないか。そこでセンターは「リードボール」を要求される。
 全体が右方向へ動くと見せて、FBだけが逆の左を突いて相手を惑わせるということもやる。この場合、センターはFBへ球を出すのだが、HBに出していた時のように速い球を出すと、こちらへ突進するFBは弾いてしまう危険がある。そこでスナップは、FBの目の前に球をふわりと浮かせる。


 とにかくプレーによって、センターはさまざまなスナップの技が要求される。高校1年になってからは、自慢話で申し訳ないが、大学の練習の手伝いによく駆り出された。「おーい。だれかセンターを手伝ってくれんか」。ほとんど同じような場所で大学と高校も練習していたので、時々センター不足が生じる大学へ、高校1年の私が駆り出された。
 無論シングルウイングのスナップをするためにである。そのスナップには、間違いなく満足してもらった。スナップに関しては、いやでも練習の密度が濃くなった。


 やがて攻撃は「T」の時代が到来し、スナップで苦労することはなくなった。しかし、逆にスナップバックの技術を身に付ける機会が、激減したのも否定できない。その意味では、その機会に恵まれた私は幸運だったといえる。


 前後、左右、強弱をつけてスナップするのは、もうすっかり稀になってきた。ショットガンはそこまで細かくはない。現在、最も重要なスナップはいうまでもなく、パントの時のロングスナップである。
 15ヤードほど後方のパンターへ、いかに正確に球を届けるかである。もう一つ、フィールドゴール時、7ヤード後ろのホールダーの手にボールを渡すというのもある。


 ボールが少しぐらいそれても、パンターなら動いてボールを取れるが、FGのときは、距離は短くとも、ホールダーが横向きだし、しかも低く構えているので、こちらの方が気を使う、という意見もある。
とにかくロングスナップをしなければならない場面は、おおむね第4ダウンだし、一つ投げ損なうと、そこまでの仲間の努力が無になることが多いのは確かである。


 そういうことのないようにと、私に指導を依頼してくるわけだが、球を投げる要領でいえば、立ち上がって上から投げるのも、前かがみになって股の間から投げるのも、腕を振りスナップを利かせるという点では全く同じ、と知るのが先決なのである。
 そしてそのセンターを鍛えるのは、先輩のセンターなどではなく、そのスナップを受けるパンターであり、ホールダーなのである。


 大学へ進んで、最も厳しかったのはパンターの谷川福三郎さんへのロングスナップだった。スナップには自信があったが、その最初のパント練習の時である。「ええか。ここへ投げてくれ。ここやで」。パンターに個人差があるのも承知である。何ほどのことがあろうかと、その構える手の位置を見て仰天した。
 利き足である右のすねの中ほどあたりに、前かがみになった谷川さんが手を広げている。低い、あまりにも低い、これが第一印象だった。しかし、その要求は絶対である。


 パントのフォームのきれいな人だった。高々と蹴り上げられるボールは実によく飛んだ。「ここでないと、飛ばんのや」。厳しい要求をしていることは承知の上で、協力を求めておられるのがよく分かった。私はその要求に応えようと決心した。
 遠くへ、しかも低く投げるのは決してやさしくはない。右利きのセンターが、漫然とスナップしていると、ボールは左へ行きがちになる。常に右を意識してスナップするのは、距離があるだけに、ちょっときつい。しかし、これらのことは、そのうちに慣れた。


 でも雨の日は大変である。神経を研ぎ澄ましてのスナップはオーバーだが、へとへとになる。西宮の球技場だっただろうか。結構強い雨が初めから終わりまで降り続いていた。こんな日のロングスナップなんて、何もかも放り出して帰りたくなる。
 しかもその受け手は、パンターは谷川さんだ。相手チームがどこだったか、そんなものはきれいに忘れている。何度かパントになり、無難に投げてはいた。


 雨に濡れて重くびしょびしょになったボールをつかむのは小さめの私の手には荷が重かった。滑りそうになるボールを、下からすくいあげるようにして投げたのは覚えている。
 そしてとうとうやってしまった。当時は後方10ヤード余りだったが、うまく手に乗らなくて球が滑り、距離が出ないのがはっきりとわかったのだ。だが、パントは相手陣へ向かっていつも通り飛んで行った。何が起きたのか、まるで狐につままれたような心境だった。最上級生の谷川さんにはさすがに聞けなかった。後刻、ベンチにいた同期の1年生に話を聞いた。


 「エライやっちゃ。さすがやな。あんな芸当ができるんやな」。つまりボールは間違いなく谷川さんが構える手に、そのままの高さで飛び込んだという。ただし水にぬれた芝の上で、ワンバウンドしてから…。
 以後この年を含めて、私はロングスナップの「名人」として同期の仲間からタテマツラレル存在となった。


 春先、新たに指名されたセンターが登場する。時々ミスが出る。この時期は仕方ないのである。ただ、いつまでもミスを繰り返すようでは困る。ロングスナップとはどのようなものかをきちんと認識したうえで、練習するよりほかに上達する方法はない。


 コーチや先任者が鍛えるのもいいが、やはりセンターから球を直接受け取る者が、練習時から自分にとって、いいスナップと悪いスナップとをセンターに繰り返し伝える方が大事だと、私は固く信じて疑わない。

【写真】サイドラインでスナップの練習をするオービックのCとQB陣=撮影:Yosei Kozano、2014年、川崎富士見球技場