6月24日の朝刊を広げて、もうそろそろ解決してほしいな、と思った。
 前夜、終電5本前の京葉線で東京から戻ってきた。電車を降りると日付が変わっていた。傘寿の爺さんがこんな遅くまで何していたのか、というと、東京ドームでの東日本社会人選手権大会決勝の「第37回パールボウル」を「取材」していたからにほかならない。


 ドームの下層の内外野席をびっしりと埋めた観衆に見守られながら、オービックと富士通の決勝はスリリングな得点経過をたどった。好ゲームである。熱気があった。激闘そのままに延長戦に入り、観客席は一段と盛り上がった。FG一つで地鳴りのような大歓声が響き渡る。


 協会の役員、関係者の中にはよく「ルールが難しいので…」と、おっしゃる方がおられる。つまり、昔からそうなのだが、「規則の細かいことは、一般の方はご存知ないだろうから、お教えします」と、常に優位に立ちたがる。
 挙げ句の果てに「監督、選手の話の専門用語が分からないといけないので」記者会見は「両軍一緒でお願いします」と、試合前に敵味方をひな壇に同席させ、さらに試合後も同様の談話取材を強要した実績を持つ。
 用語解説が一度で済むようにとの、親切心の発露だそうだが、これは一言で言って取材妨害そのものである。ここのところが役員諸氏にどの程度分かって頂けているか。


 昨年の11月10日、横浜スタジアムで関東学生リーグ1部の好カードが一日で3試合行なわれた。一度に強豪を目にできるので喜び勇んで見に出かけた。
 記者席というのはもともと50ヤード線を見通せる高い位置に作るのが基本だが、記者席を尋ねながら行ってみるとネット裏の最も高い場所に作ってあったのには驚いた。まだ80歳には届いていなかったが、たどり着くと息が切れた。


 そんなことはどうでもいい。「定位置」の50ヤード線に近いところで試合を見ていたら、記者会見が始まるからお集まりください、というアナウンスがあった。中大、慶大の試合後の会見らしかった。
 目の前ではもう法大―早大が始まっていた。特に話を聞く必要もないので聞き流した。第3試合の日大―明大が始まったときも、同様のアナウンスが聞こえた。


 「待て、ちょっと待て!」。新聞記者に来てもらえない、来てもらえない、と嘆き悲しむ関東学連の「真の姿」を見た心地がした。甲子園ボウルの予備取材のような気持ちで法大や日大を見に来ていた私にとって、談話を取材する必要はなかった。これも聞き流せばよかったのだ。しかし、長い間に染み付いた新聞記者としての感覚が突然よみがえった。


 取材している多くの社は、せいぜいカメラマン一人、記者一人である。ほとんどは記者一人であろう。会見に出たら目の前の試合はどうなる。見られないのだ。それでいいのか。だとしたら、そもそも昔々と何一つ変わっていないのではあるまいか。きっとそうだ。
 フィールドでの取材禁止がいつごろから関東学連に定着したのか。とにかく記者のフィールド取材制限がやがて禁止になっていったころ、それと並んで、さらに大昔から行なわれていた敵味方同席記者会見と見事に結びついた。「こちらで会見は用意するから、フィールドからは出てくれ」


 敵味方同席記者会見を「うそだ」とおっしゃる向きは多いと思う。でも悲しいことだが、これは本当だったのである。私はこれに終始悩まされていた。いい加減に自由に取材できるように改めよう。と提案しても答えはほぼ一つ「専門用語を理解できない人をつくらぬためです」
 他の理由を聞いたことは60年近い記者生活で、ただの一度もない。そこまで私の仲間たちを「無知」扱いしていれば、まさしくだれも寄り付かなくなる。


 ドームの歓声の中で、悲しい思い出が頭の中いっぱいに広がる。審判員じゃあるまいし、細かいルールを知らなくても、十分に楽しめるのがアメリカンフットボールなのだ。目の前の、私の前後左右で自然に沸き起こる、歓声と拍手の中では「ね。アメリカンて面白いでしょ」と、共感を求めるのが普通だろう。
 「ルールは追々覚えてください。また来てください」。と記者に言うのが組織の役員で、責任者だろう。こうしてファンは増えるのだ。


 話が大きく横道にそれた。解決してほしかったのはこんな話ではない。「やっぱりか!」と思ったのはある新聞のリードである。実に奇妙な書き方だった。
 試合は延長に入ってからオービックがFGの3点を先取。富士通も3点を返して、第2延長に入った。この時点でスコアボードが気になった。オービック側から見た表記にする。
第1Q9―7、第2Q0―7、第3Q0―7、第4Q13―7、OT3―3、トータル31―31。


 あ、これならいいや。少しほっとした。25ヤード線からの攻守は順序が代わり、富士通が先攻。しかし結果がFGに終わったのに対し、オービックはQB菅原俊の突進で決勝のTDをもぎ取った。「OT9―6、トータル37―34」これで決着がついたわけである。奇妙な表現と思ったのは、リードの心臓部である。申し訳ないがそのまま引用する。
 「オービックが28―28(延長9―6)で富士通を破り」


 この新聞が率直に、他紙と同様に「オービックが37―34で富士通を破り」とは書かないだろうなあ、と薄々思っていたが、予想通りだったので「やっぱりか!」と、がっかりもしたのである。
 それでも記事の左肩の場所に組まれた、フォーム化された両チームの得点表は、クオーターごとの得点、延長での得点をきちんと並べて、上に勝者の「オービック 37」、下に敗者の「34 富士通」と表記してあるのだから、こちらの方は申し分なかった。


 プロのNFLとは違って、全米大学体育協会(NCAA)がこのタイブレーク・システムを採用したのは1996年である。日本はNCAAのルールを使っているが、タイブレークはこの時期には採用に至らず、2006年度からだった。
 この間、米国では延長戦でのいろいろな記録が生まれている。中でも2003年11月1日のアーカンソー大―ケンタッキー大の試合は24―24でタイブレークとなり、延長を7度も繰り返して71―63でアーカンソー大が勝った。
 当時は話題として面白かったので、遠慮なくこぼれ話に仕立てた記憶がよみがえる。


 日本での採用が遅れた第一の理由として挙げられたのは、あくまでもフィールドの問題で、延長で試合時間が伸びると、次の試合、また次の試合にと影響が及んでしまうからだった、と聞いている。
 その中での関東学連のタイブレーク採用だった。発表に仲間の記者たちがどのくらい集まったのか私は知らない。発表時の模様は、のちにフィールドで知り合った役員さんから聞いた。


 説明が終わっての質疑応答でのことだ。当時はサッカーの決勝ゴール方式とか、テニスのタイブレークとか、さまざまな勝負を決める仕組みに、世間の、特にスポーツ記者の関心が集まっていた。フットボールもそのうちの一つだったといってもいい。
 質問者がどの競技のどれと比較されたのか、その場にいなかったので分からない。どうやら試合そのものをまず引き分けとし、そのあとで勝敗を決するプレーに入る、と理解なさったようである。そこでサッカーの決勝ゴールと同じようなものと考えていいか、といったような質問になったらしい。


 同席しておられた役員さんもその細部は覚えていないそうだが、連盟側の説明者はその通りと、肯定的に答えたようなのである。いったん引き分けとして、4クオーターで切るのと、まだ終わっていないとするのと、では雲泥の相違だ。
 平素から連盟と記者の間に意思の疎通が図られていれば、表現の仕方にもお互いに踏み込めたのではないかと思う。だがここで応答は終わり、記者、連盟それぞれの理解でことが動き始めた。


 やはり競技団体側から、その新聞社側へもう一度、説明があってもいい。二言目には私たちが決めたことですから、とか、ルールですからとか、上から目線のものいいをするぐらいなら、この不思議な得点表記の問題についても「公式規則」通りですから、今後はこのようにお願いします、くらいのことをこの社に言ってみてはどうだろう。
 もともとは質問とその回答が少し意味を取り違えて起こったことだ。公式規則に照らせば解決できる問題ではないか。


 公式規則にはこうある。
 第1篇 試合、フィールド、プレーヤー、装具
・第1章 一般事項
・第3条 勝者および最終的な得点
a. 各チームには、規則に従って得点が与えられる。没収試合以外は、超過節も含め、試合終了時により多く得点していたチームが勝者となる。
b. 省略
 もう一つ。
 第3篇、節、競技時間、交代
 第1章 各節の開始
 第3条 超過節
f.得点:通常の四つの節と超過節の合計得点の多いチームが試合の勝者となる…以下略
 読者の方々は、これで延長の得点も加算していかねばならないことがよくお分かりいただけたと思う。米国で生まれたスポーツである。そんなにややこしい得点法を考えるわけがない。要するに野球の延長戦と同じなのだから。

【写真】タイブレーク2回裏、オービックQB菅原が試合を決めるTDで歓喜の雄たけび=撮影:Yosei Kozano、23日、東京ドーム