カレッジは一段落したものの、プロの方はスーパーボウル目前の緊迫感が漂う時期に差し掛かってきた。シーズン終了などとはとんでもない。しかし、全米大学体育協会(NCAA)担当としては、もうすっかり終業式の気分で、今年度の個人賞を取り上げたり、来季(2014年度)からの選手権戦について語ってみたり(予想を語るのはまだずっと先。念のため)と、お茶を濁す時期に差し掛かってきた。そこで前回、意外な反応をいただいた1部AAの、おさらいでもしてみようかと思い立った。


 NCAAが3部制を取り入れたのは、それほど古い話ではない。当初は1946年(昭和21年)の2分割だった。有力校を「メジャー・カレッジ」とか「ユニバーシティ・ディビジョン」と呼び、それ以外の諸校を「スモール・カレッジ」あるいは「カレッジ・ディビジョン」と呼んだ。
 だいぶ長い間このまま推移したが、参加校の増加に伴って、この「カレッジ・ディビジョン」を69年(昭和44年)に二つに分けた。3部制の始まりと考えてもいい。


 こうした経過を経て、1973年(昭和48年)にメジャーとスモールを併合し、3部制が正式に誕生した。しかし、このころからTVマネーが重要な財源として登場し始めた。
 つまり各校にとって、試合のTV放送権料を無視したチーム運営などできなくなってきたのである。1部と2部では金額が違う。2部の中でも有力なチームが1部昇格を次々と図るようになった。73年には121校だった1部校は、77年(昭和52年)には24校増えて、145校にまで増加した。


 そこでNCAAが立てた対策は、1部校の2分割だった。「A」と「AA」はご存じの通り。「A」から幾つかのチームを「AA」へ下げ、2部のかなりまとまった数の昇格希望チームを「AA」に上げての再出発だったが、何が「A」で何が「AA」なのか、はっきりした決まりがないのは、これまで通りだった。


 ここで補足説明を加える。NCAAの1、2、3部制と、日本の1、2部制とは基本的にまったく別物なのである。米国はフットボールに限らず、他のスポーツでも同じことなのだが、3部から2部へ、2部から1部へとステップを上がりたければ、その条件、その資格さえ満たせば簡単に望みを果たすことができた。日本とはここが異なる。そう、日本ではご承知の通り、チームの強弱が資格のすべてなのだ。
 通常、2部から1部へ上がりたければ、まず2部を制し、各部の入れ替え戦に臨んで、1部の下位チームを倒さねばならない。これはこれではっきりしていて、妥当な昇格、降格が行なわれる。では米国では、つまりNCAAのフットボールではどうなっているのか。


 81年(昭和56年)、ついに1部校は187校に達し、「A」は137校、「AA」は50校を数えた。この年の暮れ、NCAAは「A」と「AA」を分けるための明確なルールを発表した。実質的には4部制でもあった。1部Aの条件は三つ。次の通りである。
 ①その大学がフットボールを含め、八つ以上の対校競技に参加していること
 ②全試合の60%以上が1部Aとの試合であること
 ③3万人以上の恒久的な座席を備えたスタジアムを持ち、最近の4年間のホームゲームでの有料入場者数が、平均1万7千人を超えていること


 これらの項目をいちいち説明するほどのことはないと思うが、少しは解説しよう。
 ①は簡単に言って、フットボールだけじゃないよ、ということである。とりわけ体育会最大の財政規模を持つフットボールが、陸上、水泳、バスケットボール、テニス、ゴルフ等々を、体育会の内部から支える、他のスポーツの普及、振興に寄与する「力」を計る、ということだろう。


 もっとも、フットボールよりもバスケットボールの方がよく稼ぐ大学もあるが、こうした例をいちいち取り上げると、話が進まなくなるので、これはあくまでも一般論としてご理解いただきたい。
 ②は最大の制限であろう。60%というのは、年間10試合のチームで6試合である。現在は大体11試合、多いところで12試合が普通だ。計算するとすぐ分かるが、11試合のチームだと7試合。12試合だと8試合が必要になる。
 ③は観衆動員力を問うわけで、人気のあるチームが大きいスタジアムを転々とする「興行」を避けるために、ホームゲーム4試合以上という制限もついていた。


 余談になるが、日本でも今年、関東学生リーグが1部校を上下に2分割し、上をトップ8、下をビッグ8と名付けて、秋の公式戦を運営することになった。1部の資格はどんなことがあっても残すということだが、これなども体育会からの「ボディ」を減らさぬための苦肉の策である。
 2部ということになると大幅な「減収」を生じるので、減額されないよう1部の下位「ビッグ8」という名前で学校側の了解を得るのだそうだ。日本のスポーツ界はお金の話になると、どうもはっきりしないことが多いが、チーム強化や環境整備にお金がかかるのは当然のこと。このへんはNCAAあたりの明朗さを見習ってもいい。


 結局、1部Aには92校が残った。AAは降格組と元から在籍した50校の計89校となった。しかしこの結果、大学フットボール界に衝撃が走った。カレッジフットボールの創設と発展に大きくかかわってきたアイビーリーグ諸校、ブラウン大、コロンビア大、コーネル大、ダートマス大、ハーバード大、ペンシルベニア大、プリンストン大、エール大の名門8大学が、1部AAへ降格の憂き目を見たからである。


 だが、アイビーの降格は潔かった。理由は主に③の観衆動員力だった。この中でエール大だけが1部Aにリストアップされていた。エール大としてはスケジュールさえ切り替えればよかったのである。つまりアイビー仲間の7校との対戦カードを切り捨てて、全体の60%を1部Aとの対戦に充てれば、「A」に残留できた。だがエール大は7校との対戦をそのまま残し、1部AAに甘んじた。


 今でもそうだが、アイビーはシーズン10試合を守り続けている。エール大がリーグ外との試合を3試合から6試合に増やし、それを全部1部A相手に切り替え、アイビーとの7戦を4試合に減らせば1部Aの資格をキープできたのは確かである。
 だがエール大はそれをしなかった。これをどう見るかである。話がまたまた飛躍するが、試合中に監督やヘッドコーチの重要な決断が、絶え間なく起きているのはご承知の通り。これに対してOBの方々が冷静な批判や疑問を投げかけることが、技術の発展につながる、と私は考えている。ここでの組織の問題とは少し違うが、フットボールはこうした疑問、批判といった語る部分の多いスポーツだといつも考えている。


 アイビーリーグは米国でアメリカンフットボールが生まれた時からの存在といっていい。加盟の時期や試合日程への参加などで、8校に多少の出入りはあるものの、最も伝統豊かなグループであることに間違いはない。
 試合数も頑なに仲間と7試合、外部と3試合を守り、試合数増加に傾くご時世に背を向けて、ずっと10試合を通している。ただ有名校の集まりだけに、切り崩しの動きに悩まされた時期があった。このため1956年に、アイビーグループとしてこの8校でNCAA内に正式に組織をつくった。だからリーグとしての発足は極めて遅いといえる。

 さて、現在の1部AAは1部Aと同様125校ほどがリストアップされる。リーグはまずアイビーの8校を筆頭に、13のリーグがある。アルファベット順に言うと「ビッグスカイ」が13校。「ビッグサウス」が7校。「コロニアル」が11校。そしてアイビーがきて、中東部体育連盟11校。この次にメジャーの名門校をはぐくんだ「ミズーリバレー(MVC)」の10校が続く。


 かつては1部Aの組織だったが、その後いったんは消滅し、近年AAの組織として名前が復活した。前回紹介したAA3連覇の北ダコタ州立大はここの所属。そして「北東リーグ」が9校、「オハイオバレー」が9校、「ペートリオット」が7校「パイオニア」が10校、その昔南部の中心リーグだった「サザン(SC)」が9校、「サウスランド」8校、南西体育連盟10校。このほかに独立校があるのだが、数を確認できないのをお許し願いたい。12年度が3校だったので、これに倣っておこう。

【写真】アイビーリーグの伝統校、エール大とハーバード大が対戦した「エールボウル」=2013年、11月(AP=共同)