大学にとっては14年ぶり3度目の、ジンボ・フィッシャー監督にとっては、就任5年目でつかんだ初の栄冠だった。全米大学体育協会(NCAA)の選手権試合は1月6日、カリフォルニア州パサデナのローズボウルに9万4208人の大観衆を集めて行われ、大西洋岸リーグ(ACC)優勝でランク1位のフロリダ州立大が、南東リーグ(SEC)の覇者でランク2位のオーバーン大に34―31で逆転勝ちし、14戦全勝で初の選手権を獲得した。


 3年ぶりのタイトルを狙ったオーバーン大は12勝2敗で王座を逸し、SECとしても連続7年保持した王座を手放すこととなった。
 ボウル・チャンピオンシップ・シリーズのランク1、2位校の対決が原則となっているこの選手権試合は、今回が7度目。1位と2位というランキングにふさわしい接戦を展開した。オーバーン大が先行し、フロリダ州立大が追走し、全米有数の得点力を終盤に爆発させた。立役者は無論、今季のハイズマン賞に輝いた1年生のQBジェーミス・ウィンストンだった。


 ウィンストンは第3Qまではこれといった数字を残せず、このままオーバーン大の守備に飲み込まれるかに見えた。しかし、後半に本領を発揮した。前半猛威を振るったオーバーン大のQBニック・マーシャルのパスに、フロリダ州立大の守備が見事に対応したのがきっかけといっていい。ウィンストンはこれに応えた。第4Q残り10分55秒、ウィンストンは自陣44ヤードからの5プレー目、チャド・エイブラムへ11ヤードのパスを決めて1点差に迫った。


 残り4分42秒、試合はここから激しく動く。まずオーバーン大がTDこそ奪えなかものの、敵陣深く攻め込んでコディ・パーキーが22ヤードのFGを入れて、再びリードを奪った。フロリダ州立大にとってはTDを必要とする4点の開きだったが、これを一瞬でひっくり返した。キックオフでレボンテ・ホイットフィールドが見事に100ヤードのリターンを演じたのである。
 この3点のビハインドを追ったオーバーン大の反撃も的確だった。自陣25ヤードからスタートし7プレー、3分12秒を費やして相手の37ヤード線へ進出。RBトリー・メーソンがこの距離を一気に駆け抜けて31―27とした。フロリダ州立大に残された時間は1分19秒。TDを取るには誰が何をせねばならないのか。攻撃陣にはそれがよく分かっていた。


 キックオフをホイットフィールドが17ヤードリターンしたが、ボールは20ヤード地点。ここからウィンストンとその仲間が立て続けに得意のパス攻撃を展開した。まずラシャド・グリーンへ8ヤード、続いて49ヤードのパスを通した。2本目の値打は言うまでもあるまい。オーバーン大陣23ヤードからはRBレボンテ・フリーマンとWRケニー・ショーへ6ヤード、5ヤードのパスを通してダウン更新。一つ失敗の後フリーマンへ7ヤードのパス。ここまで6本投げて5本が成功と、ウィンストンが本領を発揮した。


 残りは21秒。ここで両チームが相次いで反則を犯した。フロリダ州立大が17ヤード地点まで後退した後、オーバーン大もクリス・デイビスがパスインターフェア。ゴールラインまでの半分を失った。フロリダ州立大にはダウン更新のおまけがつく。第4ダウンのはずが余裕に変わった。ウィンストンは長身のWRケルビン・ベンジャミンに文句のない逆転決勝のTDパスを通した。
 王座争いにふさわしい好ゲームだった。これで今季の35のボウルゲームはすべて終了した。来季からは「参加校」が増えてトーナメント形式の選手権戦に移行するが、これは「ボウルゲーム」時代の終わり、といえるかもしれない。


 さて今季の35戦ではやはり、昔の4大ボウルが注目された。この選手権戦の5日前に同じ場所で行われたローズボウルは、今回が第100回。迎え撃つ太平洋12大学(Pac12)側は、第1回の1902年同様スタンフォード大が登場した。100回という回数も回数なら、そこに出てくるチームも同じ。これでビッグ10もミシガン大が登場していればよかったのだが、こちらはミシガンを名乗るものの、ミシガン州立大だった。スタンフォード大は好スタートを切ったが、第2Q半ばからミシガン州立大に追い上げられて、20―24で敗れた。


 2日のニューオーリンズでのシュガーボウルも注目された。選手権戦最有力とされながら、最後につまずいたアラバマ大が登場したからである。BCSのランキングは3位だったが、この先チャンピオンへの可能性はない。チームとして盛り上がる材料に乏しくてはどうしようもない。途中までは頑張ったものの、第2Qのオクラホマ大の猛攻に逆転されてからは粘れなかった。


 元日のアリゾナ州グレンデールでのフィエスタボウルは、新興の中央フロリダ大がベイラー大を激しい点取り合戦に引きずり込み、52―42で栄冠を得た。3日はオレンジボウルが目玉。ACCのクレムソン大がビッグ10のオハイオ州立大に40―35で競り勝った。オハイオ州立大もアラバマ大同様、最後に足をすくわれたチームで、ランクは下がるし、今一つ気分が乗らなかったのはやむを得ない。
 昔の4大ボウルのコットンボウルは3日ダラスで行われ、SECのミズーリ大が41―31でオクラホマ州立大を退けた。このあたり、いずれもランキング校同士の戦いで、得点経過などはそれなりに競り合っているのが救いである。


 また昔話になるが、私が本場のボウルゲームに接したのは1979年だった。1年後輩で大阪の旅行会社に務めていた男がローズボウルツアーを企画し、その案内役を依頼してきたためだった。ローズへ行く前にニューヨークからフロリダへ入り、ジャクソンビルでゲーターボウルを見るという段取りになっていた。
 この年のゲーターボウルの組み合わせは、ビッグ10の常勝ミシガン大とACCの北カロライナ大だった。ミシガン大は前年、ビッグ10の覇者としてローズに出ている。この年はオハイオ州立大のローズ出場が決まり、Pac8(当時は8校)側は南加大だった。


 ゲーターの対戦をリーグの水準から見れば、やはりビッグ10が一段上と思えた。スタジアムは何と鉄板を組み上げてできていた。ジャクソンビルは河口の町で、そこに建てられているスタジアムだけに、コンクリートを打つには地盤に問題があったのだろう。試合はボールコントロールのミシガン大と、バランスアタックの北カロライナ大が真正面から組み合った「格調高い」好ゲームだった。試合経過の細部は忘れてしまったが、チャンスになったりすると観衆が足を踏み鳴らしその音が鉄板に大きく響いた。


 建物の外にはクラブハウスがあった。普通、新聞記者はスタジアムの専用の入り口から入るのだが、ここではそのクラブハウスに入り、エレベーターでてっぺんまで上がると、そこに記者席があるという作りだった。記者席には試合のプログラムから両校の資料、この日までの両校のニュースをまとめたプリントなどが、それぞれの机の上に山のようにあったのに驚いた。
 これはローズでも同じだった。「資料をください」と言うと、もったいをつけて「渋々」薄いプリントをよこすどこかの連盟とは、雲泥の差である。


 ゲームは北カロライナ大に傾き、その優位をキープしたまま終盤を迎えた。すると突然、北カロライナ大の応援席から静かな歌声がわきあがった。足を踏み鳴らしていた観衆はこの歌声にじっと耳を傾けた。自らの選手たちの活躍を褒め、相手の健闘をたたえているかのように聞こえた。そして勝負は17―15で北カロライナ大のものとなった。
 細かいことは知らないが、接戦で南加大がオハイオ州立大を制した元日のローズでも、他の対抗戦でも耳にしたことがないので、これは北カロライナ大だけの慣習だったのかもしれない。

【写真】シュガーボウルでアラバマ大に勝利し、試合後に母親と抱き合うオクラホマ大のDL=2日、ニューオーリンズ(AP=共同)