世の中には、何をするわけでもないのに、やたら緊張することがある。まさしく見るだけ、観戦するだけなのに、この催しには背筋をピンと伸ばさせる何かがある。言うまでもない。甲子園ボウルである。
 関学アメリカンのOB、OGたちは多くがそうであろう。試合前、仲間と会う。にこやかにあいさつを交わす。冗談口をたたく。しかし、目が硬い。吊り上っているとまでは言わないが、厳しい目つきで「で、今年はどうなんやろか」という。


 前日、私は同期の木谷直行さんと夕食をともにした。決めているわけではないが、このところ毎年のように神戸で飯を食う。前回だったかな。ちょっぴり紹介したが、私の学年で主将を務めた人物である。ポジションは攻撃では左のガード。守備では6―2のときは確か右のガード。5―3、または5―2のときはMGを務めた。攻守両方を? と驚かれる向きもおありだろうが、1950年代後半はまだそのような時代だった。


 攻撃ではコマの一つだったが、守備ではラインの後ろを自在に動いて、第一列全体をカバーした。学問もよくできた。試験前に彼のノートを借りて「一夜漬け」する者は多かった。私もその一人だった。
 昔話はともかく、卒業生代表で卒業証書を受け取ったこの「文武両道」の木谷さんと試合前に食事をともにすることで、緊張感を和らげようとしているのかとも思う。その木谷さんが、テーブルに着くなり、「日大強いらしいな」と水を向けてきたのには少しびっくりした。


 「1年生、ええらしいな。それから明治にも一方的に勝ったらしいな」。1年生。第2週に先発QBに起用され、そのまま正QBとして成長した日大の高橋遼平選手のことである。また春、関学が大苦戦した明大を、秋に日大が59-14で下したことは、関学OBの間では広く知られていた。


 情報の伝わり方の面白さを、今回ほど強く感じたことはない。まず明大だが、今季の重要な試合の多くを見つめてきた私としては、日大が手のつけられぬ強さを発揮した、というよりも、明大の対応が少し甘かったのでは、と感じていたからだ。昨秋、日明両校はいい試合をした。特に明大の小形亮介選手が持てる力を存分に発揮したのが印象に残る。
 守備もスピードのあるタックルをビシビシ決めて、思うように攻めさせなかった。日大はその中からやっと勝ちを拾った形だった。それだけに、今秋の日大は対策を立て、慎重にこの試合に臨んだ。小形選手をきちんとマークし、高橋選手のパスで明大DB陣を突いた。明大の攻撃は手詰まりとなり、後ろを攻められて、前半で5TDを許し勝負が決まっている。


 つまり、ごく正当な対策を立てていた日大と、前年のまま行けるのではと試合に臨んだ明大との差が出ただけ、のように見えていた試合だったからだ。日大が特別な強さを発揮した、というより普通に戦って、力の差通りに勝った、私は横浜でこんな印象を持って帰途についたのを覚えている。ところが試合を見ていない西では、別の評価がされていた。


 高橋選手のパスに関しては、確かに威力があるのを毎回見てきた。第2週に少し遠慮がちにプレーしていたのが、次の試合では一変した。初戦で最後まで試合を任されたのが自信になったのは言うまでもない。餌食となった関東学院大、専修大は気の毒なくらいだった。そしてシーズンが終わって、見事な数字が積み上げられた。間違いなく、関東学生リーグではこのQBの右に出るQBは見当たらなかった。新聞紙上の成績はその通り、間違いではない。


 しかし数字というものは、結構一人歩きをする。野球のように、ほとんど選手同士のコンタクトのないスポーツでは、記録に表れる数字がその選手を物語っているのが大半である。しかし、フットボールのように体のコンタクトを伴うスポーツでは、そのまま鵜呑みにできないことが多い。


 第2週の国士舘大の試合からずっとこの高橋選手を目にしてきた私は、一つ気付いていることがあった。サックである。高橋選手はいつも強力なポケットに守られて、サックされていない。慶応大との試合でも、苦戦はしたが、多分サックは浴びていないはずである。その意味では日大の攻撃ラインは安定していた。
 ただここで付け加えておかねばならないことがある。実はこの日大ラインに挑戦したチームが果たして幾つあっただろうか、ということである。リーグBブロックで日大にチャレンジした勇気あるチームは皆無であった。どっちみちそんなことをしても結果は一緒と思っていたとしか思えない。チャージし、ブリッツをかけてポケットを崩す、高橋選手を追い詰める、こうした試みを、最初から放棄してはパスは決められ放題。試合にならないだろう。いわばパスに関しての東西の違いかもしれない。


 木谷さんはこんな説明をうんうんとうなずきながら聞いてくれた。そして「君はどっちが勝つと思っとんのや」。難問だった。関学の守備陣が高橋選手に対してどのようなプレッシャーをかけるのかは、分からなかったし、パスディフェンスの力量もあまり知らなかったからだ。ただ、たとえて言えば無菌状態で育てられた者が、その環境から外へ出て、世の嵐に吹きさらされても大丈夫なのかどうか。ここが勝負の分かれ目だということだけははっきりしていた。だとしたら、答えは一つである。「関学が勝つと思うよ」


 翌日、グラウンドへ降りて中学の試合を見ながら、チームの現場を離れて今はディレクターを務める小野宏さんといろいろ話すことができた。木谷さんに聞かれたのと同じようなことをたずねられた。私が1シーズン通して見てきたことを改めて語りながら、「日大強し」のコールは、関学が気を引き締めるために、その材料の一つに使ったのではないかと、ふと思った。


 決戦を見る老OBの緊張感は、第1プレーの池永健人選手のQBサックできれいに吹き飛んだ。記者席の一角に座らせてもらっていたが、思わず拍手してしまった。ふとわれに返り、自制も何もない自分が、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
 終わりに一言。以上が試合後の「後出し」の所感ではないことは、木谷さんも、小野さんも証言してくれるはずである。あ、それからもう一つ。高橋選手。君は強烈なサックを5回も浴びた。立ち上がりからパス7本をことごとく失敗した。だが、これは将来を考えると、いい経験だったと爺さんは考えている。君は非凡である。2年生からの成長ぶりを見せてほしい。

【写真】1年生ながら日大の攻撃をけん引するQB高橋=15日、甲子園