「運も実力のうち」という言葉がある。駆け出しのスポーツ記者だったころ、先輩からプロ野球の名将三原脩のセリフとして聞かされた。
 三原は戦前の東京六大学野球華やかなりし頃、早慶戦の大スターだった。早稲田の名手で、慶応の水原と並び称された。戦後兵役から戻って巨人軍の監督に迎えられたが、続いて水原が復員すると、追われるように巨人を去り、生まれたばかりのパ・リーグに身を投じ、西鉄(現西武)に入った。この後、三原の率いる西鉄は鉄腕稲尾和久を擁して日本一となるが、この話はここで打ち切っておく。そうしないと「週刊TURNOVER」が「週刊ホームプレート(本塁)」になりかねない。


 とにかく、近代野球の礎を築いた一人であることは間違いなく、のちに大洋(現DeNA)、近鉄(現オリックス)などの監督を歴任し、見事な業績を残した。記者として私が担当したのは近鉄時代。野球について無知同然だった私が、多少の「能書き」を言えるようになったのは、取材を通して三原監督から話を聞いたためだろう。
 冒頭に取り上げた言葉は、数多い三原語録の一つだが、これを聞いたのは確か東京新聞時代で、プロ野球記者の先輩だった天野圀保さんか、近藤唯之さんの取材話に出てきたように思う。だが、当初はこの人ほどの実力者でなければ言えないセリフ、ぐらいにしか考えていなかった。それが年を重ねるに従って、実力そのものが幸運を引き寄せること、さらには、偶然を味方につける力や技術の必要性を語っていたのではないかと思うようになった。
 しかし、この検証は難しい。結論はご自由に。そのためのサンプルをこれからお目にかけよう。


 10月5日、第6週を迎えた米大学フットボールは好カードが相次いだ。ベスト25に挙げられているチームはテキサス農工大を除いて、24校が登場した。ランキング校同士の激突も3試合を数えた。ランク4位のオハイオ州立大と同16位のノースウエスタン大のビッグ10での全勝対決は40―30でオ州大が逆転勝ち。ランク5位のスタンフォード大と同15位のワシントン大との太平洋12大学(Pac12)の試合は、ビッグカードにふさわしい接戦の末、ス大が31―28で逃げ切った。かと思うと大西洋岸リーグ(ACC)の主導権争いの一つ、ランク8位のフロリダ州立大と同25位のメリーランド大の全勝決戦は、何と63―0という一方的なスコアでフ州大が大勝した。


 番狂わせとして、ランク校の敗退が2つ。ランク外に退いていた名門ノートルダム大が22位のアリゾナ州立大に37―34で競り勝った。激戦の南東リーグ(SEC)ではオーバーン大が24位のミシシッピ大に30―22と土をつけた。
 この南東リーグはレベルが高いだけに何が起きるか油断ならないところがある。ランク外といえども波乱は日常茶飯事。この日危なかったのは、ランキング6位のジョージア大だった。あわやというところまで追い詰めたのはランク外のテネシー大である。


 試合は終盤の2分足らずの間に、互いにTDを取り合って31―31の同点。延長戦へともつれ込んだ。先攻はテ大。後半、立て続けにTDを演出したQBジャスティン・ウォーリーのプレーコールは、延長に入ってからも的確だった。まずRBラージョン・ニールが2ヤードを稼ぎ、続いて2本のパスプレー。ウォーリーからニールへの4ヤードのパスの後、WRジェーソン・クルームへの一投も決まって9ヤードを獲得、ゴール前10ヤード地点でダウンを更新した。
 ニールが3ヤードを稼いだ後、本業はWRのピッグ・ハワードが右サイドを突き、一気にエンドゾーンへ飛び込んだ。TD―、に見えた。しかしその直後、ハワードの手からボールがこぼれた。ジ大はこれをエンドゾーンで押さえた。


 TDかタッチバックか。その違いは大きい。延長戦とくればなおさらである。審判団はボールがハワードの手から離れたのが、ゴールラインの向こう側か、手前かをビデオで慎重に検討した。結論はTD前に起きたファンブルだった。なぜハワードがボールをこぼしたのか、理由は分からない。テ大にとっては不運そのもの。貴重な白星は、まさしくその手からこぼれ落ちた。これを慰める言葉はない。
 この上ないツキに恵まれた後攻のジ大は、勝利までFG1本で事足りることになった。もう必死の形相でTDを取りに行く必要はない。大きなロスや致命的なミスさえしなければ、40ヤードあまりのFGが白星を約束してくれる。


 最初のランプレーは2ヤードのロス。第2ダウンのパスは不成功。次のランプレーで2ヤードを取り返し、第4ダウンでマーシャル・モーガンが42ヤードのFGを楽々と決めて決勝点をもぎ取った。激戦は34―31で終わりを告げた。ジ大のランキングは安泰だった。
 少し試合を振り返る。先手を取ったのは優勢を予想されていたジ大。前半を終えて17―3とリードした。追うテ大は、後半に入るとまずTDパスを決め、第3Qの残り1分25秒にはパントをブロックしてリターン、17―17追いついた。ゲームは急激に盛り上がった。


 テネシー州ノックスビルのナイランド・スタジアムは、米大学有数の10万人級の大きな入れ物である。この日は10万2455人のファンでふくれ上がっていた。その多くが地元テ大のブースターであることは言うまでもない。とりわけパントブロックなどという「ビッグプレー」が飛び出し、しかもその主役が新人だったというのだから、なおさらである。
 後手に回っていた後半のジ大は、ここで目が覚めたように反撃。テンポよく前進し、第4Q最初のプレーでTDを挙げ、再び7点のリードを奪った。一方テ大はRBニールの奮闘を軸に75ヤードを9プレーで乗り切った。得点はニールのTDランだった。続いてジ大をパントに追い込み、自陣20ヤード線からドライブをスタート。13プレー、6分42秒を費やした末にゴール前7ヤードにたどり着き、ニールが左へ走って勝ち越しのTDを挙げた。


 残りは1分54秒。これで決まりか、との声も上がった。ジ大はすっかり追い詰められていた。しかしここであきらめてはいられない。自陣25ヤード線からの最後のドライブは、QBアーロン・マレーのパスにすべてを託した。そしてテ大ゴールへ迫った10プレー目、WRランタビアス・ウーテンへの2ヤードのTDパスが決まった。残り時間はわずか5秒と際どかった。31―31。試合はこうして延長戦にもつれ込んだ。


 このスリリングな試合から、私は特段の教訓を探り出すつもりはない。「運も実力」との冒頭の言葉を、理屈で当てはめようとするのにも無理がありそう。つまり、フットボールに限らず、スポーツとはこういうものなのである。

【写真】ワシントン大との接戦の末、逃げ切ったスタンフォード大=10月5日(AP=共同)