ちょうど一月ほど前の7月下旬から開始した「タモン、15年ぶりの体重二桁に減量プロジェクト」ですが、なんとかくじけずに継続しております。


 試合で戦うためではない減量ですので、一瞬でも気が緩めばサクッと誘惑に負けてしまいます。しかし今回の減量はこのコラムでも書かせていただいたように「選手たちとシーズンをともに戦う気分になるための企画」ですので、中間報告をさせていただこうかと思います。


 開始した7月19日の時点で125キロだったのですが、一月後の8月19日の練習が終了した時点のお腹ペコペコ、のど乾きまくりな時の「瞬間最少体重」が111キロでしたので、14キロほどの何かが僕の体から抜け落ちた計算になります。


 暴飲暴食の日々から最初の一月ですので11%減でもちょうどいいくらいでしょう。
 この1カ月で飲みに行ったのはたったの2度。ただ、2度とも二日酔いを生じさせるほどの深い飲み会でしたので悔いはありません。ただ、ここからはあまり簡単な道のりではないと、過去の経験則から予想しています。


 今から11年前の2006年シーズンが、僕の最後の現役生活だったのですが、その時の体重が107キロ(試合時)で通常時は110キロでした。
 なぜ107キロだったのかといいますと、不思議とそれ以下に落ちなかったからなのです。


 膝に大けがを負ってから2度の手術を経て、超一流選手には戻れない程度にしかトレーニングを積めなくなってしまっていたのですね。
 甘いトレーニングでは逆に筋肉が大きくなりすぎ、除脂肪体重が増え続けてしまったのです。


 トレーニングが甘いと筋肉がデカくなる? 意味がわかりにくいですね。つまりですね、トレーニング量が多すぎると、脂肪も筋肉も大きくなる余裕が生まれないんです。筋力は付き、筋肉量も少しは増えるのですが肥大はしないのです。


 手術後何年も運動中に患部が大きく腫れてしまい、膝の曲げ伸ばしに支障をきたしていました。激しいトレーニングが自分の選手としての支えだったのですが、それができなくなった晩年は体重も落ちなくなりました。
 温かい沖縄県に移住してトレーニングが積みやすくなればと思いましたが、37歳の110キロでは良い成績も残せず、当時はプロとして契約していましたので、シーズン終了と同時にチームをクビになってしまいました。


 それでも最大限に努力工夫をしてはいたのですが、当時の努力量でも107キロ以下には落ちなかったのです。
 もちろん練習直後だと104キロくらいをマークすることもありましたが、普通に食事をすると戻っていました。


 ですから今回の減量もこの107キロあたりからきつくなるのではないかと睨んでいます。
 ただ、当時はチームメートや友人らと毎晩のように飲みに行く生活でしたので痩せにくい環境だったこと。しかも2006年からトレーニングなどほとんどやっておりませんので、筋肉量が当時ほどありません。8キロ分の筋肉量が減っていれば自動的に「夢の二桁99キロ!」が手に入るわけです。


 今はまだ全く運動をしていません。とりあえず食事内容を以下のように変えてみただけです。

〈朝食〉鶏肉ステーキ/サラダ大盛/ゆで卵白身数個
〈昼食〉鶏肉ステーキ/サラダ大盛/ゆで卵白身数個
〈夕食〉鶏肉ステーキ/サラダ大盛/ゆで卵白身数個
がベースです。
 味付けは毎回少しずつ変えたり、朝食か昼食までであれば少しの炭水化物を摂ることもあるという感じですね。


 ただ、家で自炊するときは材料をそろえておいて調理すればいいだけ(小規模飲食店経営なので料理はそこらのお母さんより得意)なので楽勝なのですが、最初の問題は「早稲田大学の山中湖合宿」でした。


 3食付きのフットボール三昧な5泊ではありましたが、食事のメニューは上記のルーティンから極めて乖離しており、タンパク質が少なく油と糖の多い食事が中心です。
 ですからみんなとはほとんど一緒のものを食べることができず、一人でコンビニのチキンサラダをもしゃもしゃ食べ、お湯を沸かしてゆで卵を作り、冷凍の枝豆を買ってきて食べるの繰り返しでした。


 味付けをする調味料がなく、調理器具もありません。全て素の味でかっ食らうという健康そのものの食生活でした。


 また3泊の大阪出張時もホテル泊まりだったので、調理ができず同じくコンビニにお世話になりっぱなしでした。
 僕が現役時代には「低糖低脂肪高タンパク」などという用語は一般社会に全く浸透しておらず、コンビニで手に入る可能性のある都合のいいタンパク源は「玉子」「ハム」「唐揚げ」程度でしたので、いい時代になったものです。


 僕は今回まだ利用しておりませんが、プロテインの粉末の価格も当時は1キロ5000円ほどしたものですが、今は随分手に入れやすくなっているようです。
 インターネットでの個人輸入が一般的になった恩恵なのでしょうか。昔は、質の良い舶来ものを買うとなれば相当な決心が必要でした。


 今後の減量計画は、食事だけでは体重減が止まってしまった時にトレーニングを開始する必要があります。というか、本来は今もやらなきゃ駄目なのですが。


 来年僕は49歳。99キロになって現役復帰し「49番」のジャージーを着てタッチダウンを決めたいと思っています。なんて冗談です。


 今後も心からうまくなりたいと思っている人のサポートができればいいなと思っていますので、アホなエゴは有り得ません。


 いよいよシーズン開幕です。僕が指導している選手たちが、フィールドを支配しているシーンを多く見ることができれば最高ですね。

【写真】早大の夏合宿で教え子を鍛える中村多聞さん=写真提供・早大アメリカンフットボール部