グアム島キャンプを無事に終え、週末のNFLヨーロッパ(NFLE)トライアウトの日を迎えました。昨年度はこの日を「審判の日」とし、猛烈に緊張して臨んだことを思い出します。(2015年1月22日掲載分参照)


 例によって「どんな人間でも、これ以上はできないはずだ」と、心底信じられるまでのことをやって来たと言いたいところではありますが、昨年合格している、実際に世界を経験してきた、日本代表に選ばれた、エックスリーグに爪痕を残せたことなどが油断につながってしまいました。
 実際のところ、トップリーグの試合に常時出場する選手として日々を過ごすためのコンディション作りに追われてしまい、それほどの鍛錬をやり尽くしてきたとは言えません。


 とはいえ、怠惰な生活を送っていたわけではなく日本人ランニングバックとしてのフィジカルは体格も含めてトップレベルにあるという自信はあります。
 その上アメリカ人とのプレー経験が上乗せされているので、100キロ以上の体で40ヤード走4秒5も出しておけば「動けているな」と、審査員に印象付けられるのは間違いありません。


 試験会場には、昨年と同じくNFLE最高責任者の「オリバー・ラック氏」が登場。NFLインディアナポリス・コルツのエースQBであるアンドルー・ラックのお父さんです。
 「よー、マイジャパニーズブラザー、元気やったかー?」なんてフランクなあいさつをしていただき「(合格発表)記者会見の時、ワールドボウルリング持ってこられるやろな?」と聞かれました。試験の受付でです。他の受験者も周りにいるのに。
 そうです、僕の合格は彼の中で決まっているのです。それはさすがに周りの関係者に「おいおいおい」と、たしなめられていましたが。


 フットボール未経験者もいた昨年度ほどは受験者も多くなく、40ヤード走をはじめとする体力測定はサクッと終わりました。
 そしてボールを使う「Man&Man」のドリルです。僕もワイドアウト(WRの別称)の位置についてコーナーバックと対決します。
 アメリカ人の考えるマンカバーのやり方と、受験者の考え方が違いすぎて僕にいくらでもパスが通ってしまいます。


 それを見かねたアメリカ人試験官が笑いながら「おいタモン、ちょっと今のディフェンスバックに正しいやり方教えたってくれや」と言い出す始末です。
 僕もライバルに良い情報をあっさりくれてやるのは嫌でしたが、アメリカ人にとって大切なことをいくつか伝えました。


 そして翌日「合格者の記者会見があるので東京へ来てください。あ、タモンさん合格ですもちろん」という連絡をNFLジャパンから電話を頂戴し、来期の参戦が決まりました。
 しかし、その記者会見は平日の月曜日です。勤めている会社を急遽休まなければなりません。すぐに直属の上司に電話しました。


 日曜日の夜遅くに。「また何カ月もアレ行くんかお前。受験する前に報告しておけよ。まあ明日の記者会見は仕方ないから休んでいいよ」と叱られてしまいました。


 今年度の合格者は僕とLB河口マーサ正史(立命大OB)、そしてルーキーとして鹿島(現LIXIL)RB堀口靖(立命大OB)、マイカルのQB辻治人(東海大OB)でした。


 そして記者会見が終わり、会社に戻るのですがまた数カ月の休職が確定した僕に、上司があまり良い顔をしません。
 会社としては応援してくださってたのですが、モロに迷惑を被る上司の不愉快度は計り知れません。というわけで手取りで給料13万円の会社を辞めることにしました。


 バーをオープンしてまだ2カ月足らず。開店時期と年末が重なってお客様が多くいらっしゃっているだけなのに、軽い気持ちの皮算用。13席のバーだけで暮らしは成り立つのか。
 でも手取り13万円でいいならイケるんじゃないか? 社会保険はどうする? 年金は?までは深く考えず「どうにかなるやろー!」とノリで独立してしまいました。


 好きなフットボールのプロ選手をするために会社を辞めて小さなバーを経営する。マシな話に聞こえますが、この選択によって僕の未来にさまざまなことが起こります。
 ということで、NFLEのフロリダキャンプに向けての調整に全力を注ぐ日々が始まりました。

【写真】1998年度のXリーグ、ウエストディビジョンで優勝した多聞さんらアサヒ飲料の選手、スタッフ=写真提供・中村多聞さん