1998年10月3日。アサヒ飲料に入部してこれまで2試合で1TDで90ヤード獲得。次は第3節のイワタニ戦です。
 ここでなんと初のスターティングメンバーになりました。会場は西宮球技場です。NFLの手入れが完璧に行き届いた天然芝に慣れた気取りの僕は、生意気にも「土なんかイヤだなー」なんて思ったりしていました。


 3部リーグだった学生時代、どこかの大学のグラウンドではなく観客席のある「球技場」で試合ができる時はうれしくてうれしくてたまらなかったのに、偉くなったもんです。初心を忘れて調子に乗ってましたね。


 試合はアサヒ飲料が先制点を挙げるも、イワタニのQB大橋選手(立命館OB)のパスですぐに返され同点。しかしなんとか逃げ切って結果は23―7で3勝目です。
 今回は僕にチャンスが多く与えられ、ボールを15回持って140ヤードで2TDの活躍でした。1部リーグでプレーして4年目、公式戦で初めて100ヤード以上を記録した記念すべき日になりました。
 カッチンコッチンの土の上で何度も何度もタックルされて引きずり回されましたので、両肘の周りが擦り傷で血だらけです。


 アサヒ飲料に入部してこの日まで約1カ月。藤田ヘッドコーチから信用される、つまりは自分を武器として使ってもらえるようになるにはどうすればいいいのか。
 29歳の「新人多聞」は、NFLに絡んだこの半年間で、本物のアメリカ人プロ選手やプロコーチから学んだり感じたことを、できる限りプレーで表現しようとしていました。


 3ゲーム目で、二人(もう一人の1軍選手「暴れ馬丸山」は欠席)で交代出場するとはいえ、先発メンバーに抜擢され、しっかりした結果を出すことによってようやく日本のトップリーグでまともな実績を残すことができたのです。


 このあとも継続して安定した活躍を見せなければ今回の働きは「マグレ」となり、日本を代表するどころかチームの代表にもなれません。活躍できたと喜んではいられません。
 この先の練習も試合も平日も「昨日より良い選手になっているかどうか」「期待に応えられているかどうか」を自分に問う毎日が始まるのです。


 これまでは「レギュラーを目指して、うまくなろうと必死に頑張る」というのが「フットボール選手中村多聞」の仕事でした。
 これは全然プレッシャーがなく、失敗しても恥ずかしいだけ。元々ない信用はないまま。しかし、いつの間にか自分の立場は「守るべきもの」となってしまいました。


 「多聞すごいな!」といつも思われたい。「多聞は頼りになる」「お前を頼りにしてる」と思われたい。選手として自分ではまだもう少し向上できるという自信はあったのですが、これから積み重なるであろう信用や実績を失うのが怖くて怖くて仕方ありませんでした。
 自分の頭だけで勝手に生み出した大きなプレッシャーを背負ってしまうのです。


 それをはねのけるために自分ができることは、毎回の練習で常に実力以上のレベルを追求して挑戦し続ける。全力でプレーする。全速力でスクリメージを駆け抜ける。本気の本気でヒットする。今まで日本にいた時にはできなかった、というか目標にしていなかったことばかりです。
 結果にばかり目がいき、ついつい守ってしまい、だんだんつまらない選手になっていくところでした。


 しかし、こういうことがいかに重要か。格闘技で自分を高めていくには、映画のロッキーなどと同じく「人生の全てをかけて臨む」大切さを、本当の意味で理解していませんでした。


 ところが、半年ほどアメリカ人たちの人生をかけたフットボールを体験し、真髄を知ってしまった上に、発揮する場所まで与えられたのですからヤルしかありません。
 次節の相手は、1カ月前クビになった古巣サンスター・ファイニーズです。パナソニック、マイカルに勝利しているので、この試合に勝てば我々はプレーオフ進出が決まります。上手くいけばリーグ優勝もあり得ます。


 前年度に入れ替え戦出場のチームがリーグ優勝したという記録は過去にあるのでしょうか。すごいことになってきました。
 この頃は建設会社のサラリーマンをしていましたが、フツフツと「BAR」をやりたいという思いが、再び頭をもたげてきました。


 サンスター時代も常々その欲求はあったのですが、今回はフットボール界で名前も売れてきたしうまくやればお客さんたくさん来るんじゃないか、なんて甘い考えでとりあえず梅田の街を物件探しに出かける機会(まだネットは普及していない時代)が増えてきました。
 「そんなヒマがあるなら、トレーニングやミーティングしろよ!」。昔の自分に言ってやりたいです。

【写真】アサヒ飲料のレギュラーRBとして活躍しはじめた頃の多聞さん(27)=撮影:MAKOTO SATO