選手時代、コーチという「生き物」について強烈に思っていたことがあります。それは「あなたの経験値を上げるために必死でやってるんちゃう。俺を実験や勉強に使うな」です。


 コーチにもいろいろいて、新人さんもいればベテランもいます。しかしコーチというのは学校の先生と同じで結構威張っています。
 日本の社会通念上、そうなってしまうのは無理ありません。先に生まれると書いて「先生(センセイ)」。先に生まれた人を敬う、という教育を受けてきた日本育ちのマトモな人間にとって「コーチやセンセイ」には従え、という決まりごとがあるのはご存知の通りです。


 「コーチは偉い」という図式がすごくイヤでしたが「コーチをできるほどの知識を持っておられる」ことには尊敬の念を抱いていました。
 しかし大方のコーチは試合や練習を運営するだけで、いわゆる「指導者」とは少し違うものでした。


 昨今の僕がやっている活動「タモン式ランニングバック(RB)養成所」では、屋号の通り練習や試合の運営が仕事ではありません。
 選手が1プレーで何をどこまでできるようになれるかだけに焦点を絞っています。選手の一挙手一投足をよく観察し、短所と長所を見つけ、修正したり伸ばしたりのお手伝いをします。


 NFLでは全員がやっていることも、ニッポンではなぜか「禁じ手」として認知されているテクニックも多くあるので、選手たちに「気づき」を与えて「そんな馬鹿な?」から、自分でいろいろ調査する中でだんだんと確信に変わり、挑戦してもらうことになります。あとはとっさの時にも体が反応するまで反復練習をしてもらいます。


 この知識は1998年にNFLヨーロッパで教えてもらった「僕にとって革命的」だった考え方を、その後何年かかけて自分で十分に咀嚼して組み合わせたものです。それをただ伝えているだけです。
 これまでは伝える場所や機会がなかったので秘密にしていただけです。自分も忙しくてそれどころではなかったのもありますが。


 そんな中、昨シーズンの終わり頃にIBMビッグブルーのRB末吉智一選手から山田晋三ヘッドコーチを介し「自分を教えてくれないか」というオファーを頂戴しました。


 最初に思ったのは「晋三、もっとはよ言うてこいよ」でした。早大時代から学生フットボール界で猛威を振るっていた末吉選手のことは、他人に興味のない僕でも知っていました。


 荒削りで力任せに走っている事も認知していました。その彼が晋三のチームに行くと知り「晋三、そいつを俺に教えさせろ。絶対エグいランナーに育てるから」と勝手に思っていました。新卒時からシゴキまくれば相当良いランナー(この時点ですでに日本一のランナーだが)になるぞと。
 しかし残念なことに、というより当然晋三からオファーはなく、数年か経ってから彼の走りを見たら全く伸びていないのです。それどころか…。


 そしてようやく今春から彼を指導する機会を得て、15週間全ての練習に参加し最善を尽くしました。
 しかし、生まれも育ちも傲慢な僕はギャラが発生していなかったこともありだんだん「教えてやっている」という感覚に陥ってきたのです。これは良くありません。


 練習場に行くのが億劫でたまりません。情熱は全開のままですが、傲慢な気持ちを拭い去れなくなってきました。このままでは暑い夏の練習を乗り越えられるワケがないという気持ちに変わっていきました。


 先日僕の友達がSNSでボランティア活動について『やらせていただいているという、謙虚な姿勢を貫かねばならない。相手がいて初めて成り立つことであり、周囲の人の協力に感謝できなければカスだ』と書いていたのですが、まさしくそうだと感じました。


 先週このコラムで「僕はランニングバックの事を皆さんより少しだけ多く知っている」と書きましたが、それを選手一人一人にどうやって伝えるか。実はココが最も苦労する部分なのです。


 僕の経営するお店では僕より随分若い人たちに働いてもらっていますので、若者の生態はある程度認識しています。簡単にこちらの要望が通るハズがないことも知っています。
 しかし物事を伝えるのに、これほどエネルギーが必要とは思いませんでした。幸い、絶対的に自信のある事柄についての指導ですから、質問に答えられないというようなケースはありません。


 しかし選手が本当に理解して信用したのかどうかがわかりません。その場は面倒くさいから「わかったフリ」をしているかもしれません。
 100%正しい情報を開示する上に、彼らが得たい情報を話しているのに理解してもらうのに時間がかかる。これは非常に歯がゆくストレスになります。


 ここでいきなり手こずっていては先が思いやられる、という理屈です。日本選手権で最優秀選手を目指すレベルの選手たちに関わっていますので、日本一の結果が求められています。
 しかし、この中で教える側の僕も毎回成長していくのを感じます。新しい組織に入ればその組織のルールがあり文化や伝統があります。そして友人(向こうがどう思おうがこちらはそう思っている)も増えます。


 この春からやってきた中で、僕自身が成長したことにより変化したカリキュラムはありません。「これは教えても無駄なんだ」と気がついた部分はあります。僕自身には効果があったが、この人には効果がない、というようなことはまだ発見していません。


 僕の能力が低く、選手に迷惑がかからないかに細心の注意を払っています。選手の短い現役時代を自分の成長に利用するのは重罪です。
 コーチになって半年にも満たない初心者の僕ですが、この時のためにずっと勉強して温めてきた「タモン式独自のメソッド」の内容が後にバージョンアップしても、現在の内容が見劣りしないことを現在指導している選手に誓います。


 大嫌いだった「選手を実験台にして自身の成長に使う」コーチにはならないように、今後も注意していきたいと思います。

【写真】6月の「パールボウル」でIBMのエースRB末吉選手(左)にアドバイスする多聞さん=撮影:MAKOTO SATO