日本人がNFLでスターになる(またはギリギリでもいいから入団する)ことは難しく、現存の日本フットボール界にはそのような人材は見あたりません。
 少なくともスキルポジションには不在です、という悲しい説をこのコラムで何度か書いていますが、ほとんどの方は「そんなことない」「肉薄している」「だんだん追いついている」「ある部分では上回っている」という楽観的な解釈をされています。読者の皆さんがどう考えるか、書いている僕がどう考えるかは個人の自由です。


 ただ、僕はNFLを吐息や匂いを感じられる距離で見て、勝負してヒットしてタックルされて感じたことをリポートしています。なおかつこれは20年近くも前のことです。
 日本の最新のフットボールはテレビや試合会場で見て知っていますし、至近距離で練習を見物する機会もあるのでよく理解しているつもりです。しかし、残念ながらモノクロテレビ時代のプロフットボールにすら追いついていないというのが僕の意見です。


 50年前の第1回スーパーボウルに今年の甲子園ボウルやライスボウルのチャンピオンが出場したら勝てるのかって話ですね。
 新しい戦術で50年前の選手らをゲーム序盤に翻弄できたとしても、詰まるところフットボールはブロックとタックルの集合体です。60人ほどいた選手も40分ほど経てば、タックルされるプレーヤーは戦意を喪失、または負傷退場などで試合は途中で終了することになるでしょう。これが僕の見解です。


 顔を上げてタックルする技術すら浸透していないフットボール後進国には、プロの米国人のタックルを1試合に10度も受けることはできません。まるっきり違う競技なので、総合格闘技の試合に出るのと同様、すぐにやられてしまうでしょう。


 で、コンタクトの一切ないクオーターバックはどうなのか? というお話です。前回の続きである「ブレット・ファーブ選手」との関わりで体験したことで三つの代表例を挙げてご紹介したいと思います。
①パスの正確さ
②パスの柔らかさ
③パスのスピード


 まず①の「正確さ」ですが、ボールを投げるコントロールといえば野球のピッチャーがまず思い浮かびます。ピッチャーから見て正面にいるキャッチャーに対しコマ割りして「内角高め」や「外角低め」などに変化球とスピードを調整します。


 フットボールの場合は正面にいる相手に投げ込むというシーンは少なく、ライナーではなく少し浮かせたボールで味方選手へパスを投げます。
 手前には敵味方のラインマンらがいたり、パスの邪魔をする守備バックがいるので彼らの頭越しに狙いをつけます。通常は敵に捕球されない程度のところを目掛けて投げ、キャッチする者がそのボールに合わせて動いて捕るのですが、超一流のプロは全く違いました。


 「4・5秒後にあの地点へ投げる」という作戦があったとしましょう。彼らはそれをコントロールしてその時間内に見事その地点にボールを落とすのですが、このボールの弾道をいろいろな種類で投げ分けるのです。
 かなりライナー性の剛速球で投げたり、早めにリリースして大きなフライで投げたり。でも結果は同じで4・5秒後に決められた地点にボールが落とされるのです。同じタイミングの同じプレーが投げ方を変えても成立するのを初めて見ました。


 こんな曲芸を間近で見るチャンスは二度とないのは分かっていたので、僕はファーブがボールを投げる時にはいつも彼の2メートルも離れずすぐ後ろに立ち、彼の目線でプレーを追いました。
 練習レベルでは投げミスなど1%もありません。全て確実に完璧に決まります。キャッチするレシーバーの落球も見た記憶がありません。暴投なし、エラーなし、練習中にボールが下に落ちることがないのです。これはNFLヨーロッパ(NFLE)でも同じでした。


 次にパスの柔らかさです。正確なのは上記で伝わったかと思いますが、ランニングバックへのショートパスももちろん正確です。


 図のようなコースだと、手前のラインマンが邪魔で投げるレーンは多くて3カ所です。超一流のプロが放つクイックリリースのパスは、指先からボールが離れる前にどこに飛んでくるか読めてしまう何かの魔力が働いていて、こちらの最も都合のいいところにボールが飛んできます。飛んでくるというより直接手渡しされているような感覚です。


 その他のショートパスのコースでも全て同じで、理想の場所にデリバリーされます。時と場合、場所によってボールのスピードも違います。
 投げる動作も上から投げたりサイドスローだったりさまざまですが、ボールは結局理想の場所に到着します。ここまで100%確実だと、誰が何のために練習しているのかが分からなくなってきます。これはこの時点で7人のプロQBとフットボールをして、ファーブにだけに感じた印象です。


 他の人も日本人に比べると1000倍うまいのですが、抜きん出ていました。ただ、投げる前にどこに飛んでくるか分かるということは、守備選手もそうなるのでは? だから多くのNFLレコードを持つ彼ですが、インターセプトが著しく多くなってしまったのかな、とも考えられます。


 そして三つ目の「剛球」です。意外に思われるかもしれませんが、僕はNFLEの試験をレシーバー枠で受験しています。
 もちろんランニングバックとして申し込みましたが、足の速さとボールハンドリングを重視していたので試験内容がレシーバーとして用意されていました。その中で合格しているので、実はパスキャッチもそこそこできるのです。自信もありました。


 そして練習中にファーブが僕に「タモン、WRのとこ(QBから15メートルほど離れた位置)からヒッチ受けろや」と言いました。
 日本から来た新人にスーパースターが声をかけたもので、練習を見に来ているギャラリーがザワザワと盛り上がります。多くの注目を集めて僕は動き出します。ブレイクダウンしてファーブの方を向き両手を伸ばしボールを待ちます。するとボールは僕の両手を通り抜け、後方に落下しました。
 両手で捕ったはずのボールが後ろに抜けました。あり得ません。初体験です。ファーブを見るとメチャメチャ悪い顔で笑ってます。そうです。門限破り事件でヘッドコーチに怒られた時、ファーブを巻き込んだ仕返しです。


 それに気づいた僕は、彼の方に近寄り「もう一回」と言い再度チャレンジです。2度も同じミスはしない。剛速球だろうが指が全部折れるようなことにはなっていない。絶対に捕れる。ヨシ来い! 
 結果は先ほどと全く同じ。ボールは僕の手を通り抜け後方に飛んで行き、隅っこのフェンスにボールがガシャンと当たりました。
 さっきはスポッと抜けただけで僕のすぐ後ろにボールが落下したのですが、なんと球威が増しているのです。ギャラリーからは「おいおい、頑張れよーアンちゃん!」と励まされ嘲笑されます。


 こうなれば3回目です。ファーブの顔はさっきより悪い顔になっています。ギャラリーに見えるように肩をグルグル回して「次は捕れんのかー!」なんて言ってこのショーを盛り上げています。
 結局ここに書くくらいですから3度目も捕れませんでした。ボールを前に落とすことすらできず、ボロ負けです。飛んでくる位置は寸分違わず顔の正面、タイミングも全て同じ、とんでもないコントロールです。


 ボールを遠くに投げるピッチングマシーン、古くは「マリーノ君」などと呼んだあの機械で最速にして15メートルも離れてしまえば楽にキャッチできますが、何がどう違うのかファーブの投げる球は捕ることができませんでした。
 さすがに4回目の挑戦は辞退しました。ファーブに近寄って行き「何すんねんボケ!」と目で訴えると「クックックックフヘヘヘヘー!」と言いながらハイタッチをくれました。

【写真】NFLパッカーズのサマーキャンプに参加した多聞さん(20番)