午前の練習が終わり、シャワーを浴びます。この時1998年。1980年台半ば、僕がヤングな中高生だった頃、日本に登場した液体石けんビオレUは女性用の柔らかい香りでした。


 なんの話かと言うと、パッカーズのシャワールームに設置してある液体石けんがとってもいい匂いだったという話なのです。
 これは明らかに男性用の匂い。日本では感じた記憶がありません。それ以来ずっと思い出の中に格納されていたのですが、先日の僕の誕生日、沖縄の友人に頂いて思い出しました。コレですコレ。この香りを嗅ぐと、18年前のランボーフィールドでの出来事が昨日のように思い出されるのです。


 一日に2度の練習ですから最低でも2度はシャワーを浴びます。その都度嗅いだこの香り。イヤー懐かしい。
 たまたま当時のことをこのコラムに書いているタイミングで、素晴らしい! 外国人御用達のスーパーが僕の西麻布のお店の近所にあるのですが、この液体石けんの値段を見てびっくりです。
 もったいないのでちょっとずつしか使ってません。仕事を終えて部屋に帰ってきてこの石鹸で体を洗って、当時を思い出しながらコレを書いています。


 このコラムを書き始めて2年が過ぎました。友人でない方から「いつもコラム読んでるで」というご意見をあまり頂いたことがなかったのですが、これを書いているタイミングで「いつも週刊TURNOVERのコラム、楽しく読ませていただいております。多聞さんの他者とは異なる視点やご意見、ご行動に、自分も…」という、とってもとってもうれしいファンレターを頂戴しました。


 こうやって読んでくださっている方がいらっしゃることが分かると張り切ってしまいます。いつもは根性だヤル気だと、カッコのいいことばかり言っておりますが、結局僕も「褒めなきゃ伸びない」一面を持っているんだと再認識しました。


 ではランボーフィールド1998年夏に戻ります。午前の練習で打ちひしがれ、次に僕が取った行動は。そうです、NFL入団など絶対に無理。自分の能力や自分ができることは自分が一番よく知っています。
 キッパリ諦めて勝負や挑戦など考えず思い出作り(+お勉強)に精を出す。これしかない、と気持ちを切り替えるのです。


 前年度スーパーボウル出場チームの内部に潜入し、可能な限りの情報収集をして帰国後のエックスリーグでいかに活躍するか、に焦点を絞り込んだのです。


 ランボーフィールドや関係各所周辺の設備、チーム関係者の仕事ぶりに役割や序列、そしてメーンは何と言っても選手やコーチをつぶさに観察することです。
 この時の約80人の選手の中にはドラフト外入団のヘタクソもいれば、ドラフト1位で入団しプロボウルやオールプロ選出のスーパースターもいます。


 なんでもネットで検索してしまえば一瞬で情報が得られる時代ではありませんでしたし、日本語で書かれた選手名鑑も手元にありません。
 当時の僕は自分のことで精いっぱいで、3年ほどNFLを見ていませんでしたので予備知識がありません。


 レジー・ホワイトがフィラデルフィアから移籍してきて、ブレット・ファーブがエース。エースランニングバックが誰(ドーシー・レベンスでした)なのかも知りません。
 ですからどの選手が超一流で、どの選手が二流なのかは僕が見て感じて判断しなければなりません。ヘタクソを凝視して貴重な時間を無駄にすることはできないからです。


 ユニホームまで着せてもらって、前年度スーパーボウル出場チームを内部から潜入捜査ができるなど、もちろん日本初の大事件でしょう。
 つまり、どんな日本の名コーチでも知り得ないネタを自分が初めて見たり感じたりできるわけです。そんなスペシャルスーパーチャンスタイムに「勝負」や「挑戦」などと無謀なことをしていて視野を狭めては大損すること間違いなしです。


 まず、午後の練習に持ち込んだ物は「ビデオカメラ」と「カメラ」です。機械物が好きで、10代の頃からカメラやビデオを持って遊ぶのが趣味でした。ですからNFLヨーロッパのツアーにも持って行っていましたし、もちろん今回も持ってきています。
 現在と違い録画はテープで電池も長く持ちしません。バッテリーの消耗とテープの残量との勝負が始まりました。


 ビデオカメラを持ってる人が非常に少ない時代ですし、練習場にそんなものを持ってくる不謹慎な選手など存在するはずがありませんから、パッカーズ側も特に禁止ルールもなく、自由にミーティングから練習から全部撮ることができました。


 特に用事もありませんし、早々に練習着に着替えてロッカールームを出ます。午前と同じでファンがそこら中で待ち構えています。
 幼稚園児くらいの子供さんが片っ端から寄ってきて「プリーズ、ボクのシャツにサインしてよ」と言われます。集まってきた人全部にサインして少し進むとまた人だかりに巻き込まれます。ここでもまた全員にサインして開放。また少し進んでと同じことの繰り返しです。


 練習開始まで1時間以上あるので、僕は余裕たっぷりです。ファンの人と雑談したり写真を撮ってもらったりして練習場に進みます。
 少年のBMXをスパイクで漕ぐのはコツがいりますが、パッカーズの選手というかNFL選手としてファンにサインするなどという機会が今後もあるとは思えません。徹底的にファンの要望に応えます。 
 グローブくれとか、ヘルメットくれとかは無理ですが、基本はサインと写真撮影を求められます。快く笑顔で応対、「thank youは日本語でARIGATOだよ」などと日本語を教えたりして楽しく交流しました。


 そして午後の練習が終わり、日本のテレビ局の取材で久々の日本語でのインタビューです。
 「どうですか練習を終えて。さっきもサインとかしておられましたねー」と聞かれて「僕らは毎日のことですが、ファンの方々は今日しか来られない人もいると思うんです。子供達も夏休みとはいえ今日しか連れて来てもらえないかもしれないじゃないですか。そんな貴重な日に僕のような選手にサインを求めてくださるのに、時間がないとか練習に集中したいからとか思っちゃダメでしょう。パッカーズの練習をお父さんと見に行ったことを、いつか思い出された時に、感じよくサインして写真も撮ってくれた選手がいたなーってならないと。NFLから給料をもらって渡航費ももらってここに来ているので、パッカーズに戦力で貢献できるわけないですから、ファンの皆さんに少しでも喜んでいただかないとって思うんですよ」と語っています。


 「目指せマスコミとファンサービス世界一のアスリート」を徹底しながら、「パッカーズサマーキャンプDAY1」が終わろうとしています。

【写真】NFLパッカーズのサマーキャンプで日本のテレビ局のインタビューに答える多聞さん