ライスボウルでミスジャッジがあったとかで物議を醸していたのでビックリしました。あのような基本的なミスはあり得ないだとか、いろいろな意見があるようです。
 ジャッジする難しさのレベルは僕にはわかりませんが、いくつか言えることがあります。一つは「ミスジャッジなどしょっちゅうあるし、お互い様だ」ということです。また「それも含めてフットボール(スポーツ)や」ということです。


 僕も選手時代に大きな大会で納得のいかないジャッジで自チームに不利になる裁定が下ることもありましたし、ミスジャッジのおかげで活躍したり勝利したこともあります。


 NFLのようなビデオ判定(インスタントリプレー)導入は、ゲームが長時間化するとやらでNFLでも実施していない時期もありましたし、決まったところだけを判定するテニス(それでもカメラ10台)などと違いカメラの台数とカメラマンの腕がかなり必要ですしね。


 スーパーボウルなどはカメラ100台使っているらしいです。こんなの真似するのは到底無理ですから、審判にも頑張ってもらうのは当然ですが、今回のような大騒ぎになったことで今後良い方向に進めばいいなと思いました。
 ですからアマチュアスポーツの基本である「一度下された審判は覆らない」で終わりだと思います。当事者はやり切れない思いでいっぱいかもしれませんので気の毒ですけどね。


 そして本題です。このコラムでも何度か登場したNFL出身でアサヒ飲料チャレンジャーズのコーチだった「コーチ、トム・プラット」が今とてもホットな男なので僕も食いついてみます。


 なぜホットなのか? NFLをバッチリ見てアメリカ中の話題をビシッと押さえておられる方はご存知かもしれませんが、ナントこのプラットコーチ、79歳なのです。なおかつ現役のNFLコーチなのです。
 アリゾナ・カージナルスの「パスラッシュスペシャリスト」コーチです。「パスラッシュスペシャリストって何? そんなポジションないし、そのためのコーチなんて初めて聞いたわ」と思われるでしょう。そうなのです。それはカージナルスがこのトムプラットコーチを雇うために特別に用意したポジションなのです。


 しかし79歳でコーチとして雇用されているだけでは全米中で話題になりません。実はプラットコーチ、第1回スーパーボウルに出場しているのです。もちろんコーチとして。
 ちなみに第4回ではスーパーボウルで優勝しています。そして、50回の記念大会である今シーズンのスーパーボウルにカージナルスが出場するかもしれないのです。レギュラーシーズンはリーグ2位の13勝を挙げていて、かなりいい感じなのです。


 このコーチプラットさん、僕がライスボウル出場時にアサヒ飲料に所属されていたのです。NFLでコーチ経験のあるおじいちゃんコーチ、とだけしか知らない僕は「ベテランのアメリカ人コーチ」としか認識しておらず、これといって特別に関わろうともしませんでした。


 先日のコラムで書いた「ONEPLAY AT A TIME(このプレーに集中せよ)」。試合の途中で、優勢でも劣勢でも痛くてもしんどくても辛くても雨でも雪でも関係なく、今やらねばならないプレーに集中! という意味なのだと、アサヒ飲料時代にプラットコーチから毎回の練習でたたき込まれました。
 そして僕なりに付け足した考え方が「勝敗は監督に任せとけば良い。俺たちはプレーをするだけだ」です。プラットさんとはこの部分でだけ関わったことしかないと言えます。ま、非常にもったいない話ですね。


 ですからプラットコーチが守備を担当されていたこともあり、それほど詳しく存じないのが正直なところです。
 当時は守備に森コーチ(現リクシル)と上田コーチ(現IBM)、そしてヘッドコーチ(HC)に藤田さん(現富士通)を擁し、守備の要として山田晋三選手(現IBMHC)という最強の布陣にプラスこの「コーチ、トム・プラット」が参加。そりゃ優勝もしますわな。


 で、コーチプラットと深く関わっていた山田晋三氏から話を伺いました。
 僕は「トムジジイ」と呼んでいましたが、山田氏や藤田コーチは心の底から尊敬しているので「プラットさん」と呼びます。


 多聞・プラットさんはいつからいつまでアサヒ飲料に所属していましたか。
 山田・1998年から2000年です。2001年は終盤だけ来日してくださいました。そして2002年から04年は京大。その後アメリカのIMGでドラフト前の選手を育てていました。アサヒ飲料に呼んだのは関学OBの鈴木智之さんです。藤田さんだけでなく、一流のディフェンスコーチがチームに必要と感じていたため、チャック・ミルズさんにお願いして紹介してもらったようです。


 多聞・日本ではどこに滞在してはったのですか。
 山田・甲子園球場前のホテルです。藤田さんが毎日訪問してミーティングしていました。そしてその後にタモンさんのお店に行くのがお約束だったようです。

 多聞・そう。だから僕はフットボール好きな酔っ払いのおじいさんとしてしか認識してないのですね。
 山田・やむを得ませんね。お互いそれが仕事ですから。


 多聞・プラットさんのプライベートてどんなん。
 山田・「ニッポンのフードはグレートだ!」と常におっしゃっていました。まあそれは鈴木さんが高級でおいしいお店にばかり連れて行っておられたから当たり前ですけどね。あと、お好み焼きが好きでした。で、奥様(ホープさん)に相当弱いです。このホープさんの趣味でフロリダの家とキャデラックはピンク色です。


 多聞・プラットさんをサクッと説明してください。
 山田・第1回スーパーボウルでコーチしたという生ける伝説のコーチ。今年でNFLコーチ37年目。人脈も広く、私がXFLに行けたのもプラットさんのおかげです。その他にもいろんな日本人をつないでくれました。


 多聞・プラットさんのすごいところを教えてください
 山田・プラットさんの経験値から言えばもっと主張してこられても良いと思いましたが、こちらの思いもじっくり聞いた上で提案してくださいました。ものすごく柔軟なんです。でも、とても重要な時には激しく主張されました。例えば足が速く闘志のある選手がいたのですが、彼は何しろサインが覚えられないのです。守備担当の上田コーチとの議論で、「じゃあ彼が覚えることのできるサインを作れ」と強く主張されました。結果的にその選手は優勝に不可欠な活躍を見せることができました。


 とこんな感じで「僕の嫌いなコーチ像」と全然違うお人です。僕が強烈に覚えているプラットさんのエピソードは、ある時僕のお店でプラットさんがある程度酔っぱらいになった頃、エックスリーグ3位か4位のチームに所属する英語が話せる選手がたまたま横にいました。
 二人の会話をご紹介します。


 「教えてほしいことがあるんやけどかめへんか?」(プラットさん)。「あ、はい、もちろんです。なんでしょうか?」(英語が話せる選手)。「お前ら負けるのめっちゃ得意やな。だから負け方を教えてほしいんや。俺ら勝ちすぎて負け方を忘れてしもたんやー。グハハハハハハハハー!」(プラットさん)。「くっ、なんちゅうジジイや!」(英語が話せる選手)。


 なんて、酒場ならではのお話ですね。残念ながら全く脚色していません。こんなトム・プラットさんに是非注目してみてください!

【写真】アサヒ飲料のコーチ時代のプラットコーチと多聞さん