社会人アメリカンフットボールの試合会場では「場内アナウンス」「Aチームのチアマイク」「Bチームのチアマイク」「審判のマイク」の四つがそれぞれ適宜使用されています。


 場内アナウンスでは試合の状況や活躍した選手やその内容を紹介したりします。各チームのチアリーダーは、自チームの応援の先頭に立って観客席を仕切ります。この「場内アナウンス」と「チアリーダーの叫びと音楽」が毎度重なっていて「場内アナウンス」が全く聞こえないのが通常です。


 特段そのチームの応援をしに行っているわけでもないことがほとんどな僕にとっては、やはり「場内アナウンス」をキチンと聞きたい、目の前の試合をしっかり楽しみたいわけです。フィールドゴールの場面で「さー、タッチダウンを取ってもらいましょー! ゴーオーフェンス!」と金切り声で叫ばれると何とも言えない哀しさに包まれます。


 自社で無料配布されたチケットで入場しているルールがよくわからない観客が多い社会人フットボールのリーグ戦では「数万人の大観衆が興奮して叫びまくる」というシーンはあまりありませんので、本場米国フットボールやプロ野球のような「場内の熱気」を楽しむことはできません。


 ならば社会人フットボールファンは何を楽しむかというと「試合そのもの」です。またはチアリーダーを一眼レフカメラで撮影することでしょう。
 試合など全く関心なくずっとチアリーダーを動画で撮影している「カメラオジサン」がたくさんいるのも、フットボール会場ではおなじみです。


 このように、休日にフットボールを観戦しに来た純粋なファンは「居場所がない」のです。客席のどこに逃げようともチアリーダーの用意した業務用本格的大型スピーカーが耳をつん裂きます。
 「今年はどちらのチーム勝つのだろう? 楽しみだ」という少数派は一人分の入場料しか支払っていないのでどちらかのチーム側に着席し、場内アナウンスを捨て「叫びと音楽」を受け入れるしかないのです。


 なぜなら、そのゲームはスポンサー会社が大金を支払って会場を借りているからです。少しでも強いチームを作り、可愛く元気でハツラツとしたスタイル抜群の若いお嬢さんたちを雇い、自社の社員や取引先などに楽しい気持ちになってもらう。これが社会人アメリカンフットボールリーグの本質なのでしょう。ファンを増やしてどうのこうの、なんてのは丸っきり関係ない世界なのです。


 このようなことは、僕が選手をしている頃から薄っすらと感じてはいましたが、現場から離れて業界を外から見ていろいろな方々からのご意見をまとめると、以上のようなkとに気付きました。
 つまり我々のような、特定のチームだけを応援しているわけではない単なるフットボールファンは「来なくていいが、どうしても来たいなら部外者なのだから隅っこで静かにしてろ」というスタイルで大会が進行されていたのです。じゃあ誰のために何のために場内アナウンスしてんねんやろ?


 ここでオービック・シーガルズというチームの話をしたいと思います。オービックは言わずと知れた日本選手権4連覇を含め優勝回数が最も多いチームです。
 オービックというかシーガルズ(昔はスポンサー名が違った)はカンに障る行動が多いので現役時代はとても嫌いなチームでした。試合に勝つことだけに必死になっている僕らを尻目に、余裕や遊びを組織的に行なうからです。
 プレー中に余計なことを話したり、試合前にナーバスになっている僕らの集中力そぐような行動をしたりしました。


 応援方法も凝っていて、お客さんに踊らせて商品をプレゼントしたり、マイクを持ったおっちゃんがハーフタイムに出てきたりと、まあそれはそれは普通の社会人チームでは企画すら思いつかないようなことを次から次へと用意し、なおかつ試合でも強い。いい選手も多い。


 そして、僕のような元来の「目立ちたがり屋」としては大きな大きなジェラシーの炎が燃えます。で、試合では余計に頑張る。ビビったりせず本気で戦うのでいい試合になる。盛り上がる。
 来年こそは負けないぞと切磋琢磨する。ライバルとなりお互いが成長する。そして競技レベルが上がる、という素晴らしい相乗効果を長年に渡り生んできた偉大なチームです。


 10月初旬、リーグ戦のヤマ場ということで「先着何名様に応援Tシャツプレゼント」をオービックが告知しました。
 ファンクラブにも入ったことのある僕のタンスにはオービックのグッズが少しありますがシャツは持っていない。絶対に欲しいので試合の1時間前には会場に到着し見事獲得。すぐに着用し友人たちと着席。これで入場料込み1300円なら安い、と心の底から思いました。


 そして試合が始まる前から同じ色のシャツを着たオービックファンが続々と集まって来ます。かなり客席が埋まって来た頃、オービックの応援団がマイクを使っていろいろ始めました。
 MCはご存知「タッチダウンカネコ」さんです。タッチダウンカネコさんは元シーガルズの選手で二枚目。いい声でしゃべりもうまく、母親に怒られまくった幼年期のトラウマを思い出させるチアリーダーの金切り声でないのが何よりも耳に心地よい。


 注目すべき選手の顔写真を高さ2メートルはあろうかというような巨大ボードにしてあり、それをシーチア(オービックのチアの愛称)が持ち上げ次々に紹介されます。
 録音してあるご本人の生声で決意表明が流されます。こんなこと、試合前に誰が思いつきます? 誰が印刷しに行けます? ココが彼らの強みなんですね。おそらくですが、勝負を担っている人と、チームの運営を担っている人が別々にいらっしゃるのでないだろうかと思います。


 いよいよ試合が始まりました。そうすると「タッチダウンカネコ」さんがスタンドでマイクを持ってオービック側から見た実況&解説&応援を入れるのです。見事な間合いで。
 背番号を見なくても、シルエットだけで選手の名前がわかる内部の方ならではのスピードでどんどん今のプレーが誰の何だったのか教えてくれます。時には感情を込めて喜んだり悲しんだり励ましたりといろいろありますが、何しろ全てが的確なので非常に見やすく、楽しい時間を過ごすことができました。


 そこで最初に問題提起した「場内アナウンスが聞こえない」というのは関係なくなったのです。今ボールを持ったのは誰なのか、タックルしたのは誰なのか、0.5秒後には「タッチダウンカネコ」さんが伝えてくれるのですから。
 審判が反則を発見し、正式に発表されるまでに我々のようなマニアはどちらのチームの何の反則か大体の予想がつきます。それは当然「タッチダウンカネコ」さんも同じです。場内アナウンスやテレビ放送は審判の正式発表を待たずコメントするのはタブーですが応援席では関係ありません。


 敵チームの反則であればなおさら早めに喜びます。このスピード感が楽しいのです。またあまりルールの分からない初心者の人でも事前情報が「タッチダウンカネコ」さんから漏れているので正式発表でみんなと一緒に盛大に喜べばいいのだとわかっているから、普通より何倍も応援を楽しめます。


 ところが普通のチアリーダーだけだとこうはいきません。どうしても審判団の協議中は踊るか待つしかありません。そして正式発表されたとしても、自分たちにとって良かったのか悪かったのかの判断が残念ながら観客より遅いので、お客さんを先導できないのです。


 サードダウンでいいプレーがあっても、ファーストダウンが取れたのかそうでないかでずいぶんとその後の応援は変化します。
 観客はファーストダウン獲得をとっくに確信し、一旦喜んだ後に審判が正式発表することも多いので、観客はその時点で2度目の喜びを強要されるのです。それよりも次のプレーでどのメンバーが入れ替わってどんなプレーをするのだろう、などに注目したいのに、時間を無駄に費やしてしまいます。


 これが「タッチダウンカネコ」さんがいるいないで恐ろしく変わるのです。この応援方法には「タッチダウンカネコ」さんのような特殊能力がなければ絶対に成り立たない上に、頭の硬いスポンサー会社の偉いオッちゃんがOKを出さなくてはなりません。
 強いだけのチームでは決して真似のできないオービック・シーガルズならではの超オリジナリティーでファンを楽しませているのです。


 で、何が言いたいかと言いますと、オービック・シーガルズの観客席は日本一だからゲームの勝ち負けは別の問題として吹き飛んだ、ということです。
 スコアボードの勝敗を追いかけても、時には勝ったり負けたりといろいろあるでしょう。フィールドにいる戦士達にとっては1シーズン、1ゲームが人生の一部分なので、そんな気楽なことは言ってられませんが、観客はそれでいいんです。


 今日もしっかり楽しんで帰ってくださいね! というホスピタリティーの中でなら、会社の関係者でなくても大声で叫んだり応援したりを堂々と楽しめますからね。また来季もどんなネタを出してくるのか、とても楽しみです。


 12月13日の日曜日には、学生日本一を決める「甲子園ボウル」、そしてその翌日には社会人日本一決定戦の「ジャパンエックスボウル」です。
 昨年度MVPの絶対エース、RBゴードン選手をけがで欠く富士通がパスだけで勝負してくるのか。それとも、近年は富士通との相性が悪いパナソニックが下馬評を覆すのか。こちらも楽しみでなりません。

【写真】オービック・シーガルズの応援Tシャツを着て試合を観戦する多聞さん