NFLヨーロッパ(NFLE)の選手としての毎日は、とても充実していました。プロのコーチがフットボールを徹底的に教えてくれて、レベルの高いアメリカ人選手との練習は日々の実力アップにつながります。
 もうすぐ二人目の子供が生まれることも、励みになっています。


 1998年4月(NFLE week4)
 我がチーム、ライン・ファイアーは現在まででアウェー2戦とホームでの1戦で、3戦3勝と負けなし。シーズンは残り7戦の計10ゲームを戦います。
 クラウドノイズの少ない(少ないと言っても有料入場者が8000人ですし、みんな内緒で賭けていますから観客の熱意は日本のリーグ戦とは比較になりませんが)英国の2ゲームで勝利し、勝ち星先行はチームとして気持ちが非常に楽です。


 次はバルセロナ・ドラゴンズを地元デュッセルドルフに迎えての第4戦です。第1戦と同じく2万2000人強のお客様。それはそれは超大盛り上がりです。
 NFLEではアメリカと違い、クラウドノイズを出す手段として、いわゆる「鳴り物」が許可されています。審判と同じ笛を吹いていたり、手動式の旧式消防車用サイレンを「ウーーーー!!」と鳴らしていたり、やりたい放題です。


 「ホームに乗り込んできたアウェー側チームには観客の大声援で作戦伝達等のコミュニケーション妨害」ってのはファンが担っているのですよ、という文化を根付かせるために「なんでもアリ」というルールにしているところはさすがNFLですね。
 で、結局この第4戦も特に大きな出番なしで、終了。チームは4連勝。毎週もらえる給料にも「ウイニングボーナス」や「大入り」など色々付加されてホクホクです。


 そして第5週の練習は、観客数の多いことで有名なチームとの対戦な上にアウェーなので、大騒音でもプレーコールが伝達できるようにブロックサインとリストコーチ装着でスクリメージが進行されます。
 これは英語を自由自在に操ることができない僕のような日本男児にとってラッキー過ぎる事件です。どんな紛らわしい「L」と「R」が連続しても絶対に聞き間違えることがないのですから。大騒音といってもまあどんなもんやねん? と余裕で練習していました。


 現在と違い、ネットで相手の情報を簡単に入手できる時代ではありませんので、相手のスタジアム名すらわからない状態で遠征用バスに乗り込みます。わかっているのは「フランクフルト」へ行くことだけ。アルプスの少女ハイジが、クララの家で暮らしたあのフランクフルトです。たまりませんわ。


 そしてゲームの日になりました。予想をはるかに超える観客数は前週の2倍近い4万1000人。8割以上が敵チームのファンですので、僕らの攻撃時にはエラいことになります。
 この件はこのコラム第2話で書かせていただいた「クラウドノイズ」でも書いておりますが、何しろ3万人以上で笛を使った騒音です。会話などほとんどできません。(注釈参照)


 そこで今週ずっと練習してきた「リストコーチ&ブロックサイン」を使って次の作戦を伝えられます。30個のプレーが書いてある紙の入ったリストバンドを見て、今何番をQBがコールしているかを見ます。ブロックサインとか格好良く書いていますけど、指で1とか2と出すだけです。1回目が10の位。2回目が1の位。最高に簡単なブロックサインです。


 スタートは全てサイレントカウント。これまで2回、2万人の中でゲームしましたが、ともにホームゲームですのでノイズは全くなし。練習時よりもすこし騒がしい程度でしたが、人生においても4万人の中での試合など当然経験したことがありません。
 ランニングバックとしての出番では2度のボールキャリーがありました。そしてキッキングではノイズが減りますが、それなりにうるさいので作戦を聞き取るのに非常に神経を使いました。17年経った今でも思い出すと耳鳴りがしてきそうです。


 で、結局は全く危なげなくあっさり勝利。10試合しかないのに既に5勝です。5連勝。たまたま配属されたチームがこれほどまでに強いとは、僕の運も非常に強いと大満足です。
 ひとまず自チーム以外の5チーム全てに勝ったわけです。次からは後半戦に入るのでホームとアウェーが入れ替わります。まだ遠征していないのは「アムステルダム」と「バルセロナ」です。


 特に大きなけがもなく、毎日の練習でメキメキ上達しているのを感じながらご機嫌でおいしい食事を頬張り充実した日々を送っていました。
 ここで通用するかどうかという結果を問わず、何しろ自分を高めてうまくなるためだけに過ごすのです。今日より明日、明日よりあさって。毎日確実に技術を向上させていくわけです。徹底的に教え込んでくれるコーチが背後に立ち、プロのアメリカ人相手のスクリメージを毎日イヤと言うほどプレーできる環境など簡単には巡ってきません。ましてや今のところリーグ最強のチームです。


 体はキツいですが精神は非常に安定し、プレー中の集中力が格段に向上しているのも感じてきました。心技体がキチッとまとまる時が稀にあり、自分でも驚くような速度で守備を切り裂くことができる時があり、そういう時にコーチもOKを出しているので、自分の感覚と客観的な評価がリンクしてきています。
 これを安定的に発揮できるようになれば一段階上の選手になれるはずだ、なんてことを毎日考えていれば良いだけなんて、若いっていいですね。もうすぐ2人目の子供が生まれそうだという29歳の春でした。


つづく


(注釈=本文コピー)
 まず自分が選手として体験したクラウドノイズを挙げてみます。NFLヨーロッパ(NFLE)の時です。アウェーで観客4万1000人が入ったスタジアムで試合をしたことがあります。特殊なルールがたくさんあるNFLEですが、その中でもすごいのが、審判と同じ音の鳴るホイッスルが球場の売店で安く売っていて、それを試合中に敵軍応援団が鳴らしっ放し。これ「合法」なんですわ。


 屋根がないとはいえ、4万人が笛吹きまくりやからね。ほとんどの会話や放送が聞こえなくなるので五感の一つが完ぺきに奪われます。しかも競技中には視覚と聴覚がとても重要なので半分を持って行かれている感じです。そうなると空気に重さがあるような感覚になり、その後にだんだん神経が研ぎ澄まされ、ある時間を過ぎれば耳が騒音に適応するんかしてアタマの中だけが静寂になります。

【写真】ファンクラブが使っていた応援用のサイレン