朝起きるたびに今でも「ああ、引退してるんや。だから今日もトレーニングせんでエエんや。仕事だけしとったらエエんやー」という大きな喜びを味わってから一日が始まります。
 朝から大満足で行動開始です。NFLヨーロッパ(NFLE)から帰ってきてしばらく経った頃に書いた手記が残っていたので、今回はこんなネガティブに苦悩していた僕の秘密の気持ちをお読みください。わかりやすいように、ところどころ手は加えております。


 〈上を目指して一心不乱に脇目も振らず頑張っていると、「休む奴はアホや。遊びたいと思う奴もアホや。若い時にしか出来へん事を全力でやったる。俺よりうまくて有名な奴ら、今にみとけ!」とだけ考えて突き進んでいるけど、NFLヨーロッパに行きアサヒ飲料で優勝に関わるような働きができるようになってからは、「後ろから追いついてくるであろう何者か」または「前で立ちふさがる何者か」に毎日怯えている。 
 それはチームメイトのライバルかもしれないし、敵のディフェンダーかもしれない。または自分の気持ちやけがかも。何しろ毎日がしんどくて辛くて泣き叫びたい気持ちでイッパイだけど、誰よりも偉そうに振る舞い余裕をブッコいて悪役を演じる俺が「泣き」を入れる相手など、この世に存在しない。品行方正である必要などない。紳士である必要もない。藤田さんの命令をこなせれば何でもいいんだ、という信念で毎日を過ごしている。


 選手として安定し、地位を防衛し続けるために、俺程度の運動能力しか持っていなければあらゆる感情を捨て心と体を鍛え続けるしか方法はない。
 感動したり、泣いたり、驚いたり、喜んだり、怖がったり、焦ったり、照れたりといった戦いには不必要な感情は特に殺してしまわねばならないんだと、ライン・ファイアーのコーチから教わった通り実践している。おかげで日常生活でもそういった感情が削除されてしまい変になってきている。
 世界中のランニングバックでジョギングが最も苦手なので、しんどいトレーニングもキライ。ツラいこともキライ。でも、ここ数年は一目置かれるようになってしまい、沢山の期待を背負って活動しているのでカッチョ悪いところは見せられない。


 いい練習をする日本人ランニングバックがいる。サンスターの山下久行(追手門大卒)と飲料の進藤健史(東海大卒)。練習でもプライドをかけて全力で相手に向かっていく。年長者だけど余裕をこいたりせず本気がにじみ出ている。いい刺激だし、しっかり見習って追いつき追い越す〉
 なんてことを考えていました。僕もそれなりに必死だったのですね。


 現在と同じくレストランをしていましたから、夜に仕事をしているので生活時間は一般の社会人とは少し違います。なるべく午前中に起き、近所で走ったり飛んだりのトレーニングを1、2時間ほど、休憩したらジムでウエートトレーニング、バイクを漕いでエアロビクスやヨガなどをスタジオでやりました。


 土曜と日曜のチーム練習では、試合以上に本気で走って当たって叫んで暴れて。練習でもミスは一切許されません。まあ、それを許さないのは自分なのですが。自分の一挙手一投足をチームの全員が見ているんだという気持ちで常に緊張感を持って練習に臨みました。
 そして試合は当然ながら持てる力の全てを出し尽くします。強豪でないチームの場合でも、試合の初っ端から全力。様子見とかは全くなしです。


 なので自ら志願して試合の第1プレーである「キッキングチーム」に入れてもらうようにします。リターナーでもあるので先攻の場合は自動的にメンバーに入っていますが、後攻だった場合の守備側でも出場させてもらっています。


 自分がまだ上級者ではなかった頃、試合開始の第1プレイはとても緊張していました。それどころか、「タックルされたり」「タックルしたり」を繰り返した後でなければ緊張はほぐれず、試合開始早々から自分のチカラを出すことは非常に難しい課題でした。
 ということは、敵チームにも緊張してる奴がいてるはずや! そのスキにガツーンとやってしもたる! というセコい作戦です。
 試合開始早々っていうのは初級者の君らがプレーできるフィールドやないんやで、というのを思い知らせようとしていました。話がずれてきました。今回は自慢話ではなく重圧が苦しいというお話でした。


 長かった無名時代に「有名選手なったなら」「ヒーローインタビューではこんな事を言ってやる」「引退はこんな風に」という身の程をわきまえない先走った夢をいつも追いかけていました。
 実際にそのような立場になってしまった上に、根っからの目立ちたがり屋ですから常に注目されたいわけです。


 しかし注目されると失敗した時にカッチョ悪いわけです。それがイヤなので交通事故(注1)や死亡事故(注2)をできるだけ起こさないように警戒します。
 しかし、それでは活躍できないのでやはりホームラン(注3)を打つために思いきりフルスイングをしたいわけです。しかしそうするとミスの確率も上がってしまうので―という循環で毎日悩み続ける日々を送っていました。


 でも、どうしても試合で活躍したくて鍛錬には妥協せず生活の全てをフットボールに賭けていました。その重圧がなくなったいま、毎朝ホッとしている、というお話でした。でもフットボール独特のスリルや高揚感は普段の生活では得られないので、何か物足りない気もしますが、二度とハードな運動はしたくないのが正直な気持ちです。


(注1)まともにタックルを食らう
(注2)ファンブルして相手にボールを奪われる
(注3)独走タッチダウン

【写真】2000年12月の「東京スーパーボウル」での多聞さん