ライスボウル最優秀選手(MVP)に贈られる「ポール・ラッシュ杯」というものがあります。僕もそうだったのですが、普通の方はこの「ポール・ラッシュ」ってなに? 誰? ですよね。
 

 僕が肩を並べたくて仕方がなかったポール・ラッシュ杯を2年連続獲得しておられる3人の大先輩がいらっしゃいます。日大、レナウンのクオーターバック(QB)松岡秀樹さん、京都大学のQB東海辰弥さん、シルバースターのランニングバック(RB)野村貴さんです。


 僕の場合は2年連続ライスボウルに出場し、2年連続ポール・ラッシュ杯獲得まであと一歩のところでチームが負けてしまい失敗に終わりました。
 チームがライスボウルで勝利し、なおかつ活躍しなければならないという壁はなかなか高かったということですね。ま、それはいいですわ。
 で、ポール・ラッシュさん。これ、人の名前です。昔外国から日本に来た人です。
 どんな人だったか箇条書きにしてみますね。


・ 関東大震災で崩壊した東京と横浜のYMCAを再建するために米国から派遣された牧師さん
・ 戦争が始まり強制送還されるまで立教大学で教授をしていた
・ 戦後日本の復興に貢献したケンタッキー州出身のアメリカ人
・ 病院建設など多くの社会事業に尽力した
・ 終戦と同時にGHQの一員として再来日し、再建活動に取り組んだ
・ 孤児院を創立運営し孤児たちのゴッドファーザー(=洗礼親)となった
・ 東京学生アメリカンフットボール連盟を設立した
・ 第1回ライスボウルは軍服姿で始球式のキックを行った
・ ライスボウルのネーミングは日本人の主食にちなんで付けられた
・ 立教大学ラッシャーズのニックネームは彼の名前から
・ 日本アメリカンフットボール協会から「日本フットボールの父」の称号が与えられた


 という事です。皆さんも日本でアメリカンフットボールに関わるからにはしっかり覚えておいてください。
で、そのポールさんが晩年を過ごしたのが山梨県にある清里です。


 ここには「ポール・ラッシュ記念館」など、フットボールに関連する建物やイベントが今でも数多く存在しています。足を運ばれた方も皆さんの中にはいらっしゃる事でしょう。
 その中に「八ヶ岳の地ビール、タッチダウン」というクラフトビールがあります。


 このビール、1997年に生まれたわけですが、キリンビール社でパイロットプラント責任者、いわゆる杜氏総責任者みたいなことをされていた山田一巳(注1)さんというビール造りの名人が1996年に定年退職したのを機に「ほんなら清里に行ってタッチダウンビールを作りなさい」と命じたのが関西学院ファイターズの名QBだった鈴木智之氏(注2)なのです。


 鈴木氏は僕が所属した頃のアサヒ飲料チャレンジャーズに莫大な私財や、京都大学のコーチ、そしてNFLのコーチなどを投入し、チャレンジャーズを一流のチームにのし上げた立役者です。僕などは単なるコマの一つにすぎませんでした。


 そして、僕が1998年に飲食店をオープンさせた頃に「タモン、タッチダウンゆうビールをお前の店に置けよ。ものすごくおいしいぞ!」とは言われたものの、価格も普通のビールの倍はするのでとても扱うことはできませんでした。


 このビールのことはやはりランニングバックとしてただひとつの目的である「タッチダウン」というネーミングですので、いつも頭から離れませんでした。


 外国に行けばいろんな色のいろんな味わいのビールがあるのに、日本の飲食店では普通のとせいぜい黒ビール、そしてせいぜい輸入ビール(注3)くらいしかありません。ビール好きの僕としては自分のお店は当然としても、せめて都会ではいろいろな味のビールが飲みたいな、と考えていました。
 ビールのサーバーが何本もあるビアバーをやりたくて何度も何度も物件探し、頓挫、物件探し、頓挫、を繰り返していました。


 そしてタッチダウンビールが生まれて約10年になる2006年に、「今度西麻布にオープンさせる自分の店にぜひタッチダウンビールを置かせてほしい」と、鈴木さんを通して清里の製造元へレンタカーを飛ばして商談に行きました。
 「鈴木さんのご紹介の方ですから」と、卸値も非常に頑張っていただきました。しかし当時には多くの障壁がありまたまた頓挫。結局西麻布のお店にラインナップすることはありませんでした。


 ところが。最近「クラフトビールブーム」なるものが首都圏を襲ってきているではありませんか。ワインブーム、地酒ブーム、焼酎ブーム、このブームにより知名度が上がり、今やどこのお店に行っても「ワイン、地酒、焼酎」が飲める時代になりました。
 これと同じように、普通より高いお金を払ってでも、少しおいしい、少し価値のあるビールを求める方が増えてきたわけですね。ブームは去ってもクラフトビールの認知度が上がり、定着すれば日本でも一つのお店でいろんなビールの飲める時代が来るかもしれません。


 僕の会社の経営理念というかコーポレートメッセージは「少しの違いが僕らのこだわり(THE MOST INPORTANT THING IS SOMETHING DIFFERENT)」というものなのですが、これも鈴木氏から賜った言葉です。
 いつもチャレンジャーズで「お前ら一流にならなあかん。フットボールも人間としてもや。しっかりやれ!」とだけシンプルに指導してくださる最高のお爺ちゃん。最初は誰か全く知らなかったので「爺ちゃん、フットボールわかるんか?」なんて気楽に話していたのが懐かしいです。


 もちろん鈴木氏はポール・ラッシュさんのお友達。ポールさんの言葉で代表的なのが「DO YOUR BEST  AND MUST BE FIRST CLASS」というものがあります。鈴木さんのおっしゃっていた「常に一流目指して必死でやれ!(注4)」ですね。


 飲食店を営むただ一人の「ポール・ラッシュ杯受賞者(注5)」として、ポールさんゆかりの「タッチダウンビール」を僕が売らねば誰が売るのよ? と本気で思っています。
 このタッチダウンビールは「無関係なところと取引するつもりはない」というかたくなな社長殿のお考えで、街の飲食店ではほとんどお飲みになることができません。


 そんなこんなでポールさんと関係のある気マンマンな僕のお店、梅田のタモンズと西麻布の塩屋に置いてございます。おいしいビールなので是非ご賞味くださいね。今回は宣伝色100%ですみませんでした。


(注1)八ヶ岳ブルワリーの醸造長。キリンビールで「一番搾り」や「ハートランド」の醸造開発責任者を担当した。大手が機械化していく中で、開発から醸造までを一手に把握している、日本に4人しかいないといわれる凄腕ビール職人のうちの一人。誰もが認める日本最高のビール造りの匠
(注2)「勝利者―一流主義が人を育てる勝つためのマネジメント」の著者。「俺は関西学院大学での4年間で一度も試合に負けたことがない」とご本人談。先日ご自宅にお邪魔した時「おい、この前な、ローマ法王と友達なったぞ」と言いながら、ホンマに法王とツーショットの写真を見せてくださった。渋い! ニックネームは「テッド」
(注3)輸入ビールとクラフトビールは対極にある。一方は賞味期限など事実上関係なく、腐らない痛まない何かが含まれている。良質なクラフトビールは賞味期限1カ月というような物もあります
(注4)「最善を尽くし一流たるべし」がポール・ラッシュ記念館に書いてある日本語訳。でも僕はこう解釈しているのです
(注5)ちゃんと調べてないからわかんないですけどね。たぶん僕だけじゃないかなー、なんて

【写真】2001年1月のライスボウルで優勝し「ポール・ラッシュ杯」を獲得した多聞さんに肩車される鈴木智之氏