少しでもいいパフォーマンスをしたいという思いから、些細なことにこだわりすぎていたことに気がついたとき、僕の「フットボール感」は変わりました。緊張感、恐怖感がそれまで以上の向上心に変化する自分がそこにはいました。


 1998年3月18日
 朝からいつものバスに乗ったけど、ずいぶんと長い時間移動するので怪しんでいたら知らないホテルに到着。個人動画の撮影でした。カメラの前で英語の自己紹介。急にやれって言われてもさすがに難しいですね。
 何とか持ち前のサービス精神とショーマンシップで乗り切りました。後日、一度見ましたが音声はカットされていました。なんやねんそれ!


 今日は日本人選手が所属していないバルセロナ・ドラゴンズとのスクリメージです。
雨で天然芝のグラウンドがぬかるんでいたせいもあり、最後の1プレーだけ出場もインサイドゾーンでノーゲイン。パントのリターナーにも呼ばれたので入ったが全然ダメで二度と呼んでもらえませんでした。日本でもやってないのにできるわけないねんけど。
 さ、ミーティングもないし軽く買い物にでも行って寝よっと。


 1998年3月19日
 チームのビッグスポンサーの1社であるDEICHMANNシューズ社が「victory」という景気のいいブランドのスパイクをチームに持ってきました。
 白の革製でなかなかカッコ良いデザインです。早速(お土産で手なずけてある)用具係に「28・5センチ前後持ってきて!」と頼むと「そんな小さいのあるかなー」と嘆いています。


 ようやく届けてくれたのが28センチ。履いてみると足の形はぴったりです。アメリカ人たちは口々にブーブー文句を言うてます。でも日本人の僕には意外とピッタリで、早速芝生に出て走ってみました。
 その途端、足首が「ゴキっ」と外側に倒れてしまいます。両足とも。もしかしてスパイクのピンが外側だけ抜け落ちたのかな? と靴底をチェックしたら規定の数だけちゃんとピンが装着されています。


 おかしいなあと思って、冷静にアスファルトの上に立ってみると、そのピンとピンの間隔が極めて狭く作られているのです。
 「インラインスケートのようだ」という感想を当時の取材で叫んでいたのですが、こんなのでとてもじゃないがフットボールなんてできないよ、どうしよう。自分の持って来たシューズを履くとリーグから罰金が科せられます。


 NFLから来ている連中は当然スポンサーが付いていて、罰金も肩代わりしてくれます。しかし僕の場合は現物支給だけのスポンサーですので、罰金は自腹です。確か2万ドルだったと記憶しています。
払えるワケもないのでこの「ビクトリー野郎」を履きこなすしか道はありません。後日サイズを微妙に変更してもピンの幅は変わらないことも判明し、八方ふさがり四面楚歌。


 とりあえずその日は英語がわからないフリをして日本から持って行ったシューズで練習しました。明日からが心配です。
 でも、そこは気にせず黒人キッカーのデニー君と近所のBARへ。酔ったデニー君から、ここには書けないNFL選手の私生活やタフさを聞きまくりました。クックック。さすがやのうナショナルフットボールリーグ。


 ここで突然〈最強RBへの道「用具編」〉に移ります。
 フィールドを走る運動選手にとって、シューズは最も重要な道具の一つと言えますが、足に合わないからと文句を言っても不満を持ってもどうしようもありません。できることはただ一つ。「慣れる」のみです。
 自分の感覚を変えてこのシューズに対応し、適応していくしか生き残る道はないのです。


 当時の僕はそれまで慣れ親しんできた日本製シューズや外国製有名メーカーのシューズを、試合やトレーニングのあらゆる場面で少しでも自分にとってプラスに働くように、とてもとても気を使っていました。
 足へのホールド感、地面とのグリップ力、その時々に応じたクッション性、地面とのダイレクト感、重さや軽さ、ソール部分の強度や剛性にねじれ特性、ひもを通す穴の間隔やピッチ、自分が体感できる部分での「靴の役割全て」に注力していました。


 試合会場の芝の状態やクッション性、雨天等、また当日の自分のコンディションに合わせて、靴底を10分の1ミリ単位で削ってチューニングします。
 スキーヤーがその日の気候や雪質に合わせて滑走面に施す手入れと同じ感覚です。毎試合毎試合そのフィールドで一番自分が動きやすいと「思える」ようにシューズを作りこみます。
 平日に少しお願いすれば会場の中に入ることなど簡単ですし、どのようなフィールドなのかを把握せず試合するなど考えられませんでした。


 靴の内側にも詰め物をしたりいろいろカスタムを施します。現在では中敷きをオーダーメードして自分に合わせたりするのが当たり前ですが、これも実際は自分の感覚がどれほど敏感で、現代の科学や運動生理学の理論などと、どれだけマッチする自然な感覚を持っているのかが重要だと思います。
 でも、結局は「自分が本番で一番納得して安心できる準備をすること」が大切なのです。靴底をほんの1ミリほど調整してタッチダウンがいつもより5本多く取れるハズがないのですから。


 しかし、実力がヤル気に到底及ばない頃の僕は、心と体を鍛えてユニホームや装具を少しでも小さく、かつ軽量化し、服の生地が体のレンジオブモーションの抵抗にならないよう改造した上で遠目からは実際の体重より小さく見えるような工夫を凝らしてばかりで、フットボールインテリジェンスや技術の向上には目を向けていませんでした。


 このようなヤル気だけある理解度の低い下手くそが、体力と精神を使い切るほど試合に出場することがなかったわけです。
 たまに出場した時に緊張せず慌てず恐れず練習したプレーを遂行するためには。上記のような「細かすぎること」にでも執着して、少しばかりの安心を得るしかなかったのです。


 そんな状態の臆病者が、外国に出て用具係やトレーナーに微妙なリクエストを英語で告げることもできず、与えられたサイズの合わないような用具で、生活と未来をかけてプロのアメリカ人とフットボールをしなければならなくなったのです。
 外国へ遠征するので事前に試合会場の状態を把握することなど全く不可能ですしね。


 この日を境に僕の「用具感」というか「フットボール感」がガラリと変わります。本番で安心できるのは用具の繊細なフィット感ではなく、リーグに通用する総合力を持つことであると気づき、それを得ようとします。
 リーグに通用する総合力があれば、芝目が長かろうが短かろうが、雨だろうが雪だろうが、靴や服のサイズが合ってなかろうが、けがをしてようが病気だろうが、ツルツル滑る靴だろうが、他人の靴だろうが、そもそもそれらが全部「些細なこと」なのです。靴底の0・5ミリと同じ重みしかないのです。


 目標は「ランニングバックの達人になる」こと。達人になれれば、わざわざいちいち気合いを入れたりせずとも、今からやることに対して達人なわけですから、結果も達人らしい結果となるはず。


 毎日の練習で、敵も味方も11人全てそろっているのは人生で初めての体験です。初心者の下級生やど素人がいない11人なのです。
 それどころか、過去に経験した中ではレベルが最も高いことは言うまでもありません。なにしろスクリメージに入るのが怖くて仕方ないのですから。


 これだけの実力差をあと10日のキャンプで埋められるとは思えないし、その後の10週間10試合の暮らしでどれだけ「達人」に近づけるのか? 
 文章に書くととても抽象的な目標に感じられるでしょうが、自分としては非常に具体的で、やるべきことが明確な毎日を送れそうでワクワクしてきました。


 コーチの指導もあり、毎日毎日右肩上がりで実力が伸びてきていますし、これまで鍛えた体を十分に使えるようにもなってきています。ようやく前が開けたというか進むべき道が見えてきました。自分にはあと何が足りなくて何が必要なのかが変なスパイク「victory」のおかげでハッキリしたのです。


 絶対にうまくなって日本に帰ってやる。たとえアメリカ人に通用しなくても、彼らのプレーを少しでも真似できれば、100分の1でも技術を盗むことができたなら、日本でも活躍できるに違いない。
 大好きなフットボールを今の日本で最も高いレベルで毎日練習できる環境にいて、筋肉痛やタックルの恐怖におびえていたのではもったいない。弱い心をしっかりコントロールして「上達まっしぐらや!」と意気込む僕でした。

【写真】キャンプでの多聞さんとチームメート