1998年3月4日
 この先の人生をかけ、仕事としてフットボールをしに来ているプロなわけですが、せっかくのアメリカ滞在なので遊びも計画しました。例えば。
・ ハードロックカフェに行く(行った都市にあれば必ず行く)
・ HOOTERS(フーターズ)に行く
・ ポロ・ラルフローレンを買う(日本じゃ高いアメリカだと安いと思ってた)
・ 写真をたくさん撮る
・ 処方箋なしでコンタクトが安く買える国だと聞いたのでたくさん買う
などなど「やることリスト」がありました。


 1992年になんば球場跡にできたUSAのイメージそのままなハードロックカフェが大好きで、どこの国に旅行しても訪れるのが趣味でした。ですから練習がオフの日を狙ってそのうち行ってやる! と決めていました。念のため国際免許も作ってきてあります。


 次にフーターズですね。今は日本でもお馴染みのレストランチェーンですが、当時は日本にありませんでした。こういう店を持ちたいなと思っていたので帰国後に飲食店を始めた後も、スタッフたちとアメリカに出かけて、何軒もハードロックカフェ&フーターズ(注1)をハシゴしました。


 ラルフローレンは確かに安く売っていましたが、レジに並んでいる最中に閉店時間が来た上にレジが故障したとかで買えず、追っ払われてしまい買えませんでした。
 写真は沢山撮りました。コンタクトレンズは買いに行くも英語じゃ説明できなくて断念。完了したのは結局写真だけ。当時はデジカメではないので限りあるフィルムのカメラで一日1枚を目安に撮影していました。


 今日は練習の最後に、フルタックル(注2)の移動スクリメージ。いつもながら全く名前を呼ばれず、最後の方に1プレーだけ。しかもパスプレーなのでプロテクションだけです。
 NFLのラインバッカーがブリッツしてくるところへブチ当りに行かねばなりません。ヒットの強さもスケールも日本の社会人リーグで経験したのとは全くの別次元。比較になりません。


 1プレーだけの出場でしたが首が痛い(注3)のなんのって。というか怖い。少しでも集中が欠けていれば首が折られる。これまで装着したことがない「ネックロール」が心の底から欲しいと思いました。
 でも、もうすぐ日本からコーチ研修にたくさんの人たちが来るのでカッコ悪いマネはできません。恐怖(注4)を乗り越えるには、やせ我慢と根性しかありません。


 1998年3月5日
 疲れてグッタリ寝ているはずの朝4時にカミナリの音で起きました。いや、違う。ルームメートのオーレ君が奏でるイビキです。バリッバリの爆音でここのところ毎日起きてしまいますが、寝ている120キロのドイツ人に「イビキかくなボケ!」と言ったところで逆ギレされては困るので泣き寝入りです。
 と思いきやホンマにカミナリがゴロンゴロン鳴ってて大雨。一応始まった練習も中断され、午後からの練習も短縮。これが1日あるだけでずいぶん体が休まりました。お買い物に出かけて今日はオシマイ。


 1998年3月6日
 今日は朝から何故かドイツ語のあいさつを教えてもらいました。「What’s up? は Wie gehts?」 「BadはSchlecht」 で 「GoodはGut」 この三つ。ま、使う機会ありませんがね。


 今日はいつもの天然芝グラウンドではなく、少し遠い場所にある人工芝グランドで練習。連絡事項で事前に言われていたんだろうけど、全く知らなくてかなりビビりました。
 日本の人工芝とは違ってフワフワしているので走り心地が良く、震災後の西宮スタジアムと比べたらそらもう。


 練習が終わってからタッチダウン誌の取材があったので他の日本人選手と会うことになっていました。安部奈知選手の部屋には板井征人選手、河口正史選手が集まっていました。
 せっかくこれだけのメンツの中で取材(注5)を受ける身分になれたんだし、首を折られる不安や、アメリカ人強すぎるから怖い、アメリカ人うますぎるから帰りたい、という気持ちを持たないようにして、しっかり頑張るでーと、気持ちの仕切り直しができました。


 1998年3月7日
 朝集合してコーチが「今日はオフ。遊びすぎて警察に捕まったり問題起こすなよ」みたいな注意を聞いて解散しました。そうです。待ちに待ったお休み。オフです。
 クルマを持っている奴と一緒にお昼ゴハンは「やることリスト」のHOOTERSです。これでひとつクリア。日本人コーチたちも昨日到着して顔見知りもいたのでそのまま何人かで宴会。ビール飲みまくってあー楽しいって感じでした。


 1998年3月8日
 起きたら二日酔い。しんどい。けど練習ですよ。いつもは二部練習ですが、今日は日曜日だからか、お昼に1度だけの練習。軽く始まったところで大雨が降ってきて練習中止。雨で中止って何回かありますけど、すごい量なんです。
 ランニングバックの位置からラインバッカーの後ろ位までしか見えないんです。その後ろのセーフティーはボヤーッとしか見えません。ハンパな量じゃないんです。


 だからコーチも選手がよく見えないし、次にどんなプレーをやるか書いた大きな紙も使い物になりません。ホテルに帰って近所のショッピングモールへお買い物。CDを数枚と、それを再生するハンディ型プレーヤー(注6)を購入。お買い物をしてご機嫌な上に、ホテルに戻ると夕食はハンバーガーとホットドッグ。最高の1日です。


 食べまくってから夜のミーティング。昨年度のリーグ戦VTR。明日は河口選手の所属するアムステルダム・アドミラルズとのスクリメージがあるのでそのスカウティングです。
 実際のゲームビデオを見て行うミーティングはこれが初。ものすごく多い情報量が英語でインストール(注7)され、気絶寸前の僕は早く部屋に帰って買ったばっかりのCDが聞きたくて仕方ありませんでした。


 【通常の1日】
・午前6時 起床&朝食(食べ放題)
・午前7時30分 バス出発
・午前8時 練習場到着テーピング着替え
・午前9時 グラウンド練習開始
・午前11時 グラウンド練習終了&トレーニング
・午後12時30分 バス出発
・午後1時 ホテル到着&昼食(食べ放題)
・午後2時 バス出発
・午後2時30分 練習場到着、テーピング着替え
・午後3時30分 グラウンド練習開始
・午後5時 グラウンド練習終了
・午後5時30分 バス出発
・午後6時 ホテル到着&夕食(食べ放題)
・午後8時 ミーティング開始
・午後11時 就寝


(注1)現在もこの時の思いのままバファローウィング、ナチョス、ハンバーガーを提供するお店をしているんです
(注2)「ここからタックルやでー」とコーチが言ったような気がしていたらホンマに始まって、今まで聞いたことのないハードすぎる激突音がすぐ目の前から聞こえてきました。スパイクで地面が掘れる具合、低音で響く肉体同士がぶつかる音、プロのハードタックルを目の前で初めて見たわけです。ブルッブルです。まずいトコに来てしまったと思いました
(注3)フットボールで首が痛くなった経験はありませんでしたが、ココで体験しました
(注4)多聞の3大怖いもの。オバケ、ゴキブリ、プロのアメリカ人
(注5)発売されたタッチダウン誌には、われわれのことが「NFLE四銃士」となっていました
(注6)MDが大ヒットする少し前。iPod(アイポッド)などはまだ気配すらない時代。黒人選手はヒップホップやR&B、白人選手はロックやカントリーのCDが部屋に山積みして置いてありました
(注7)とりあえずコーチの言うセリフをカタカナで速記しておいて、英語に翻訳して、それを日本語で理解する作業が深夜の日課でした

【写真】NFLヨーロッパのキャンプに参加する多聞さん