ドーピングなどしているワケもなく、けがを隠しているワケでもないのでNFLが時間とお金をかけて行なったさまざまなチェックは完全に無駄でしたが、このコラムを1話書くことができて良かったと思っています。


 そしてチームごと(注1)に分かれてのミーティングが始まりました。まずはコーチやスタッフの紹介。そしてオフェンスとディフェンスに分かれました。
 「ほんなら順番に自己紹介していけや。あー、ついでに抱負も語っとけよ。オイ、そこの端っこからや!」とコーチが言いました。「自己紹介って英語でかいな! そら英語やろ。うそやん、それは無理やろ」と悩んでいる間にどんどん順番が迫ってきます。「中村多聞ランニングバック、日本から来た」なんて言いました。


 そしたら後ろに座っている奴が「おい、日本から何時間かかった、何時間?」と小声で必死に聞いてきます。他の人が自己紹介している時に、「それ初対面の奴に聞くことかこのアホ!」と思いながらドイツ回りやったとは言わず「35時間」と言うと、この世の終わりかいうほど悲しそうな顔をしていました。
 1カ月後にヨーロッパに行く時のイメージトレーニングだと思いますが、こいつは途中でクビになったのでいらぬ心配でした。


 さて、そうこうしているうちに練習が始まります。我々のチームは高校の施設を借り切っています。天然芝の練習フィールドが2面あり、傷んできたら養生のためにもう片方のフィールドを使います。


 この話から15年以上経つ現在でも、日本の現場で使用している組織はまだ少ないはず(注2)の自走式高所作業車(写真)を使ってビデオ撮影。撮影班は用具係ではなく、普段は高校などでコーチをしている人がステップアップのためにヘッドコーチから誘われNFLヨーロッパへ勉強というか研修に来ているわけです。
 元々はコーチですからフットボールのことを詳しく認識しているので、見事なビデオを毎日生産してくれていました。


 使用していたビデオは「ベータ式」です。再生や巻き戻しの繰り返しにはベータ式の方が良いからという理由です。少なくとも150型くらいに投影して見るので画質も良くないとダメだからなのでしょう。
当時の日本では最新型でも40型のブラウン管があった程度なのでプロジェクターで大きく投影するミーティングは衝撃的でした。そして音声はなしです。ビデオは撮影後に即、シチュエーションや隊形ごとに撮影者自らが手作業で編集するので必要ないのですね。これは試合のフィルムも同じで、音声はなしでした。


 オフェンスコーディネーターがプレーブックをどんどん説明していきます。日本では日本語でも意味がわからなかったのに、流暢な早口の英語でまくしたてられるので、ついていくのに(注3)ものすごいエネルギーを要しました。


 キャンプ中はホテル(注4)に滞在します。貸し切りではありませんが、他のチームは別の場所でキャンプするので一つのホテルに一つのチームが滞在します。
 数部屋がミーティングルームとなり、いくつかの宴会場が貸し切りでチーム専用の食事が用意されます。一般のお客様とはほとんど会うことがありません。


 3度の食事が飲み放題食べ放題。最高の環境です。どんなに練習が大変でも、その後にはスグ美味しい食事がお腹いっぱい食べられるのです。朝食はまあ普通ですが、味噌汁や納豆、白いご飯に焼き魚、漬物なんかが出てこないのがうれしくてたまりませんでした。
 お昼は芋、鶏や肉などのグリル、煮野菜、生野菜、ハンバーガー、ホットドッグ、パン、たまご、ピザなどなどで最高の食事です。夜も同じような感じです。「フットボールの合宿で、夕食にハンバーガーが食べ放題って最高すぎるがな!」なんて思いました。


 ホテルは2人部屋で、ドイツ人(注5)のディフェンスライン「オーレ君」がルームメート。フットボールの練習は1日に2回。合間にトレーニングやミーティングがあります。
 ポジションが違うので微妙な時間差はありますが、僕の中になんか違和感がありました。そしてアメリカ人たちがウワサしています。
 「おい、ドイツ人って臭いよな全員。あいつら絶対シャワー浴びてへんで!」と。そうなんです。オーレ君がシャワーを使っているシーンを見たことがなく、いつもタオルが新品。「オーレ、なんでシャワー浴びへんのん?」て聞きましたが、「あ、うん。別に」みたいな感じでした。「別にやないわ。洗え、クサいねん!」―。


 フットボールの練習も始まっていますが、大変なことになっています。予想通り全く歯が立たないどころか、僕などハナシになりません。
 NFLのドラフトでピックされた後にベンチ入りできなかった人がこのリーグに来ているのです。
 今まで2軍というかマイナーリーグが用意されていなかったところにこのワールドリーグ改め「NFLヨーロッパ」というマイナーリーグができたのです。


 オーレ君のようなドイツ人や僕らのような日本人、いわゆる「外国人」はチーム内にほんの数人だけです。他は本物のNFL選手、またはそれに準ずるレベルの選手ばっかりです。
 僕はトライアウトに受かって調子に乗っていますが、日本では1部リーグでほんの3シーズンしか経験していません。しかも補欠で。通用するはずがないのです。


 つい同じヘルメットとユニフォームを着たりさせてもらっているので、そのことを忘れていました。途方もないレベルの差がありますが、とりあえずうまくなるしか生き延びる道はありません。
 トレーニングキャンプは1カ月続きます。休みの予定も何も知らされていません。一つ終われば次の練習時間かミーティングの時間を告げられるだけです。とりあえずホテルの近くにあるスーパーマーケットみたいなところで買い物して気分転換をしました。


 部屋に帰るとオーレ君と同じドイツ人のアントニー君が来ていました。そして深刻な顔で「なあ多聞よ。『たまごっち』の “っち” てどういう意味なん?(注6)」と聞いてきます。そんなん英語でどうやって説明すんのんな。今でもフェイスブックでつながっているので教えてあげたいので誰か教えてください。


(注1)この年は、ロンドン、スコットランド、オランダ、スペイン、ドイツの5カ国6チームで組織されていて、アメリカで全員集合し毎週の解雇から逃れて最後まで残った者だけで各フランチャイズに移動し、3カ月10試合のシーズンを過ごす仕組みでした
(注2)高所作業車の許可証はスグに取れます。僕も持っています。これを2、3台買ってくれるチームが出て来れば、ビデオ撮影隊も楽ができるんですけどね
(注3)本当はついていけていませんでした
(注4)ホリデイインもリーグのスポンサーでした
(注5)ラインファイヤーはドイツのチームなので、地元ドイツ人の有名選手が何人かいるのです
(注6)1998年2月、当時は世界的な「たまごっち」ブームでした

【写真】ルームメイトだったドイツ人のオーレ君と多聞さん