「試合出場を果たし、ランプレーでタッチダウンをしたいと思っています!」―。ワールドリーグの合格者発表記者会見に集まったものすごい人数の記者さんの前で、意気揚々と言いました。会見後も長時間の囲み取材を受け、スター気取り(注1)の僕です。


 「今年の合格者は誰なんだ? あ、赤ん坊の泣き声が聞こえるぞ。ということは、子どものいる選手か」。会見が始まる直前の会場ではザワザワとそんな声が聞こえてきた、と記者席に潜入してもらっていた三武ペガサスの友人(注2)に教えてもらいました。


 翌日の各新聞には大きく大きく自分のことや写真が掲載され、「ようやくここまで来たか!」とニヤつきながら、全紙買い集めスクラップ(注3)しました。
 昨年度のトライアウト後にも多くの取材を受けましたが、今回は花のお江戸、東京での記者会見ですので人数が違います。


 フットボールに詳しい記者さんもそうでない方も、皆さんほとんど「中村多聞」などという名前を聞いたことがないわけですから、自己紹介を幾度となくしました。
 何度も何度も同じことを質問され、答える度に説明がうまくなっていく自分が面白かったですね。日本での所属チーム、生年月日、なぜフットボールを始めたのか、出身大学(注4)、家族構成、勤務先などなどです。


 そして会見場では当然ですが僕以外の合格者もいました。鹿島ディアーズ所属の板井征人選手とリクルートシーガルズ所属の安部奈知選手です。
 もう一人の合格者であった河口正史選手は欠席でした。が、このテレビでしか見られなかったスターたちを間近で見て会話し、記者会見に同席できているなんて本当に信じられない思いでした。


 そして12月に甲子園ボウルを観戦しに行くと、真冬なのにTシャツで大きなペットボトルの水を飲んでいる丸坊主が前を歩いているじゃないですか。そうです。関西学院大ファイターズOBのタンク池之上選手(注5)です。大学時代からテレビで見ていた超有名人でスーパースター。


 昨年までワールドリーグに参戦していた本物です。実物を見たのは初めてですが、「こんにちは」とあいさつしてみました。池之上選手は僕のことを知っていました。「ヨーロッパで頑張って来てくださいね」とのお言葉も頂きました。
 日本アメフト界のスーパースターと会話し、顔と名前を知ってもらっているなんて今までじゃ考えられなかったことです。これからも頑張っていけばドンドンとこういったスターと知り合えるのかと思うだけでうれしくなってきました。


 甲子園ボウルのスタンドで、ファイニーズの阪田コーチに偶然会いました。「合格おめでとう。帰国したらまたファイニーズに戻って来てくれんのん?」とおっしゃっていただきました。
 チームの誰にも言われたことのないうれしいお言葉に感激しました。人から期待されることの喜びをズッシリ(注6)感じた瞬間でした。


 出発の直前、大学の同期の呼び掛けで、僕の壮行会を大阪市内のホテルで開催してもらいました。家族や友人、ファイニーズ関係者、テレビのカメラも来てもらいました。


 その中で、中学高校と個人的にフットボールの何たるかをイチから教えてくださり、僕が崇拝していた恩師の板橋先生(写真)もマイクを持ってこう言ってくださいました。「多聞くんはこれまで、我々の期待に全て応えてきてくれました。なので今回もヨーロッパで活躍し、きっとNFL入りを果たして(注7)くれるだろう」と。


 他人様に期待されていたんだとこの時に知り、自分だけがはしゃいでいてはダメなんだ。遠い外国での活動は、専門誌やその他のメディアから(注8)皆さんに知らされる。けがをしたり解雇されたりも絶対にできない。
 そうだ、これからは自分だけの夢ではなく、周りにいてくれるみんなの夢でもあるんだと思うようになりました。


 そしていよいよジョージア州アトランタで行われるトレーニングキャンプへ出発です。航空券は全てNFLから用意され、関西空港からマーサ河口選手とドイツ回りでアメリカ入りです。
 ミュンヘンで乗り換え、フランクフルトで宿泊。ちゃんとホテル(注9)が用意されていました。ホテルが用意されているということは食事もできるはず、ビールも飲めるはずです。しかも部屋付で、支払いはNFL。最高の待遇(注10)で大満足の僕でした。


 翌日はフランクフルトからアトランタへ。集合場所のホテルでは、6チーム全ての選手や関係者が集まっています。
 出欠を取ったり、各書類にサイン、身体測定、オリエンテーション、などなど、登録というか「短期就職」のための作業を丸一日かけて行いました。


 どこかけがをしていないか? 手術の記録は? などという質問が書かれた約300枚のA4用紙を一つ一つ読んでサインしていきます。
 英語で書かれた医学用語や法律用語を読むだけで気絶寸前です。読まずに全て「NO」にチェックを入れサインし続けました。ま、幸い当時の僕は手術や入院の経験もなく、けがといえば突き指と捻挫くらいのモノでしたのでまあ大丈夫かなと。


 身体測定では短パン一丁になり各自のカルテを持って会場をウロウロします。アメリカ人プロスポーツ選手の裸体など間近で見たことなどあるわけもない僕は、彼らのマッチョ過ぎる体を見て震えました。
 雑誌で見たボディービルダーと同じで、信じられない厚みと太さの筋肉が上半身(注11)にまとわりついています。


 当然予想はしていたのですが、まさかこれ程とは…。日本ではこれほどの体を見たことすらありません。明日から自分はこんな連中と、生活と夢をかけて真剣にフットボールをしなければならないのか…。


 子どもの頃から夢みた本場米国でのプロフットボールですが、初日でいきなり戦意喪失。鏡に映った自分の体はペラペラのひ弱なアジア人。そして誰よりも背が低いというオマケ付きです。(注12)


 とりあえず仕方ないので次のチェック場所に行きました。直径2メートルほどで底の浅い水槽のような器にクラッシュアイスが山ほど入っており、ジュースやミネラルウォーターがザクザクっと刺さっています。


 その周りのベンチにには選手が数名座っていて、膝に肘を置いて元気なさげに顔を下向きにしてうなだれています。先ほどの陽気な身体測定会場とは打って変わって誰も話さず無言のままです。
 何だろうな?と不思議そうにそれを眺める僕に、白衣のオッサン二人が近寄ってきて「オマエ今ションベン出る?」と言いました。まさかの質問に「イイイイエス」と答えるや否や便所に連れて行かれ「んじゃ出せ」と言われました。


 いやいや、アンタらちょっと向こう行ってえな、という英語など浮かぶはずもありません。なんでジーっと見てんのんなアンタら。
 アメリカ人を前にした日本人特有の「へへへへ」と笑ってごまかそうとしましたが、190センチのアメリカ人2人に挟まれて、小便するところを見せなければならないんだと気付くまで1秒もいりませんでした。


 ここでわかったのです。「ドーピング検査や!」と。もちろん緊張してオシッコ出ません。で、タイムアウト。便所から出てさっきのクラッシュアイス水槽の前に僕もみんなと同じ格好で1時間ほどうなだれることになりました。


(注1)ずっと夢見ていたスポーツスターになれた喜びは言葉では言い表すことができませんでした
(注2)トライアウト東京会場に潜入してもらっていた同じルパン君
(注3)どこを探してもなぜか見つかりませんでした
(注4)大学名は「すいません。もう一度お願いします」と聞き直されまくりました
(注5)アメリカ人選手の良い所をいち早く吸収し実践した先駆者。20世紀最高のラインマン
(注6)ご存知の通り、結局僕はファイニーズに戻らなかったのですが
(注7)裏切りました
(注8)1998年当時はインターネットがまだ普及しておらず外国の情報はほとんど入手できなかった
(注9)なかなかちゃんとした良いホテル
(注10)後の給料で天引きされていたかどうかは不明
(注11)日本人の感覚だと上半身に比べて下半身は細く、上半身がムッキムキ
(注12)これはオーバーな表現ではなくホンマです。帰りたくなりました。逃げたくなりました

【写真】ワールドリーグ参戦が決まった多聞さんの壮行会