ファイナル6敗退により、シーズンが11月16日で終了しそのあとは個人のトレーニング大詰めです。21日後に控えたワールドリーグ(注1)のトライアウトに合格するためです。


 試合では大した活躍もしていない(注2)ので、翌日も何ら体の痛いところもありません。筋肉痛すらない状態です。ですから直ぐに100%のトレーニングが開始できました。
 昨年度の落選から約300日。誰にも指導や指図されず、頼れる人もいない、相談できる人もハッパを掛けてくれる人もいない孤独な日々(注3)もゴールが見えてきました。


 会社勤めの身分(注4)でしたが、超のつく安い給料(注5)で妻子との暮らしは貧しさのドン底。十分なサプリメントも栄養も摂取できない(注6)中での体づくりにも限界が見えてきました。


 11月の末に会社の休みをいただき、僕を応援してくれる仲間たち(注7)とグアム島へ最終調整のトレーニングキャンプに行きました。
 ボールやトレーニング機器はファイニーズから借りて持って行きました。事前にグラウンドを予約したり確保したりという気の利いたキャンプではなく、ホテルの駐車場(注8)で40ヤード走のタイムを計ったり、中庭でスピードトレーニングやボールのキャッチング練習をしました。


 当然ホテルの人に、「お前らアホか! ヨソでやれ!」と怒られます。言葉通り、直ぐに撤収してヨソに移動します。
 でも、大阪でトレーニングする時も街中の道路や公園を使っていましたので、少しのスペースで効果的な運動を創作して勤しむのはとても得意になっていたので、何ら問題はありませんでした。


 炎天下のグアム島の昼間(注9)に駐車場で40ヤード走の練習をしていたら、上半身ハダカの白人のオッサンが近寄ってきて「お前らココで何やっとんじゃ、ん? なになに、40ヤードやと? ワシめっちゃ速いど! 勝負せえや!」と言ってきました。
 そこそこ自信ありげな雰囲気(注10)だったので、良い緊張感を味わう練習にもなるし仲間に入れてやりました。酔っぱらいでもないのに、こういう気質がアメリカ人やなあと随分感心しました。


 休憩時間は体を冷やして休めるためにずっとプールに浸かっていました。十分に日焼けして少しでも強そうに見てもらえるように、とう意味もありました。
 他の受験者は冬ですから恐らく透き通るような美白に違いありません。やる気満々な顔つき(注11)で浅黒く日焼けしておけば「何だかコイツやりそうな気がスル〜」という観念を与えられるに違いありません。


 旅費でギリギリだったので食事は全てスーパーで食材を買い、サンドイッチを作ったりと楽しくやりました。夕食だけはレストラン(注12)に行き、将来の飲食店経営に向けたリサーチも忘れません。もちろんお酒は飲みません。


 帰国してあと数日で「審判の日」が訪れます。もうやれることは全て(注13)やりました。一分の油断もなく、徹底的に考えて実行してきました。神経系のトレーニングは時間をかけて繊細に。しんどい系のトレーニングでは気絶してしまうまでやりました。
 「どんな人間でもこれ以上のことはできないはずだ」と、心から信じられるまでやってきました。


 前年度のトライアウトで、傾向と対策は万全。日本人とアメリカ人のファンダメンタルの違い(注14)をNFLなどのテレビ放送で徹底的に検証し分析。アメリカ人が普通に感じることを普通にできるようになっておく。ココに重点を置き訓練してきました。


 すべての動きに「アメリカ人っぽさ」を意識し、他の受験者とは「少しの違い(注15)」を感じてもらえるような役作りに腐心しました。
 最重要科目の40ヤード走は、タイムだけでなくその仕草が大切です。我が国独特の「徒競走スタイル」では、アメリカ人が見た時に違和感があります。スタートの構え、走行中のフォーム、顔つき、ゴールの仕方、注意すべき点は無限にあります。


 ボールキャッチでも手の出し方、顔の位置、体の向き、足の置き方、全てにおいてアメリカ人は「少しの違い(注16)」があります。


 受験を希望するポジションはランニングバック(RB)ですが、実際はレシーバーとしての試験しか用意(注17)されていません。結局はパスが捕れるかどうかが重要なのです。
 良いスタートをして、良いキャッチができるかどうかなのです。これも一人でずっと訓練してきました。


 ボールを投げてくれる人がその都度いれば話は別ですが、日本人の投げるボールでは練習にならないどころか、野球のノックのようにどこに飛んでくるかはその時次第という状態で、何の練習をしているのかわからなくなってしまいます。
 だからボールなしでキャッチングの練習をしていました。意味がわからないでしょう? でもちゃんとうまくなりました。その証拠にトライアウトでは国内のディフェンスバック相手の勝負で、一度も落球しないで、全ての勝負に勝ち(注18)ました。


 グアム島に同行してくれた仲間や、その他の友人たちも太鼓(注19)を持ってトライアウト会場へ応援に来てくれていました。
 彼らはフットボールのことはあまりわからないので、テストでキャッチが成功しても、試合の時と同じようにスタンドで太鼓をたたいて大はしゃぎ。これはちょっとマズいかな? とアメリカ人試験管を横目でみると、「オモロい奴っちゃな」と思っているに違いない表情で笑みを浮かべていました。


(注1)後のNFLヨーロッパ
(注2)4回14ヤード+キックオフリターン数回のみ
(注3)家族や友人以外に、身近でコーチやトレーナー的な人に信頼できる人がいませんでした。これについてはまた別の機会で詳しく書こうと思っています
(注4)建設会社の営業マン
(注5)28歳、妻子ありで手取り13万5000円。年収200万円弱。これでは暮らせません
(注6)朝食にサツマイモとキャベツのお鍋。昼食は上司が食事に連れて行ってくれることが多く、夕食はゆでたまごと他を少し、というニュートリションプログラム
(注7)キヨシ、ショーヘイ、ユーキの3人。彼らがいなければ最終調整がうまくできず、最悪日本で風邪でも引いていたかもしれません。全ては後ろで支えてくれた仲間、家族、友人がいてくれたから。遊ぶときに僕が減量中だったりで何も飲めず食べられず、つまんない気分にさせたりしても文句言わず応援してくれていました
(注8)完全な平坦地ではないことも多く、場所探しは大変。でも細かいことは気にせずやれることをやる
(注9)絶対に40度以上あるハズ。誰も外を歩いてないし公園も一切人がいません
(注10)オッさんには負けなかったけど、急にダッシュするとかホンマにすごいことです、今考えたら
(注11)言葉が通じないので目と態度で気持ちを表現するしかありません。ダンサーや俳優の基礎を学ぶための本も読みました
(注12)当時まだ日本には少なかったハードロックカフェ、フライデーズ、プラネットハリウッドなどなど。メニューブックを頂戴したりと、しっかり勉強してきました
(注13)とはいえ、睡眠はとるし会社にも行く。まだまだ甘い話でした
(注14)「何が違うの?」と聞かれても教えません。たぶん伝わらないし
(注15)「何がちゃうの?」と聞かれても教えません。たぶん伝わらないし
(注16)「どう違うのって!」と切れられても教えません。たぶん伝わらないし。
(注17)若干は用意されていますが、それは超ヘタクソをふるいにかけるためのもので、実際の性能はノーギアの試験で測ることはできないのでしょう。つまり見ているところは「ソコ」じゃないということなのです
(注18)昨年同様、受験者の日本人が投げるボールが荒れていて、勝負とは関係ないところにボールが飛んでしまうという事故が多発しました
(注19)三武ペガサスの洋風大太鼓。現在はアサヒ飲料チャレンジャーズの倉庫に眠っているハズです。幸運の大太鼓。神戸大の元ヘッドコーチが持ち出したことがあったが、返してくれたかどうかは不明であります

【写真】ワールドリーグのトライアウトに向けてグアム島で調整する多聞さんら