日本のフットボールもNFLも盛り上がる中、特にタイムリーなお話がないので毎度のごとく小話をちょっと。


 選手として全盛期まっただ中の頃(注1)。試合中に膝が反対側にボキッと外れてしまい、靭帯が切れまくったので再建手術を2度もして、米国に渡り(注2)大金を使って懸命なリハビリをし、その4年後にようやくアサヒ飲料チャレンジャーズでワンシーズンをスターティングメンバーで過ごすところまでは戻りましたが、トップ選手としての輝き(注3)はなく、そのまま業界から寂しく引退したのは今から8年前でした。


 手術した箇所は治っている! と執刀医(注4)は言いますが、僕からすれば歩くのが精いっぱいにしか治っていないワケです。選手時代の晩年は特別なトレーニングを一日中やる暇があったので、どうにかランニングバックで練習や試合をする(注5)ことができました。
 しかし引退して筋肉量が落ちているにも関わらず、脂肪で5キロほど重くなった体重(注6)を、頼りない膝(注7)で支えて運動するのは結構大変だったりします。クッションの役割を担う半月板や軟骨もなくなっているので、ジョギングのような長時間運動も負担が多くて苦手です。


 この「膝ハズレ事件」の後、運動用にクロスバイク(注8)を買って乗っていたのですが、深夜のチャレンジャーズミーティング(注9)からの帰り道、壁に激突。気絶して(注10)前歯3本とバイクが木っ端みじんでインプラント装着です。
 話を戻しまして、このけがから復帰した選手時代に、実は「自転車の立ちコギ」ができなかったのです。フットボールはできても「自転車の立ちコギ」ができない。どう考えてもおかしな話ですが、事実でして。脚に力が入らないのと、痛いから片足で立てないってワケです。


 それがですね。ここ最近またクロスバイクに乗っているのですが、ナント!「立ちコギ」ができるようになったんです。手術してから時間が経って痛みが減り、脚力が付いてきたのですね。これで坂道の多い僕の住まいの近所(注11)もスイスイ自転車で移動できるってもんですよ。


 皆さん、リハビリは体力を元に戻すという作業なのですが、元の力は元気で健康な時に測っておいた方が良いですよ。リハビリの目標値が明確になるので。ま、そんだけのことなんです。人間としてまた機能が一つ復活したのがうれしいので書いてみました。(注12)


 これだけじゃ短くて編集長にしかられるのでもう一つ。
 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕は高校生の時に運動部に所属していませんでした。
フットボール上達のためにと、高校1年生でラグビー部に入ったのですが、フットボールに比べてルールがつまんなくて、練習が(注13)つまんなくて、上級生が無駄に威張っていて、5月には辞めていました。


 で、学校での運動と言えば体育の時間があるんですが、人に強制されてしんどいことをやるのが昔から大っ嫌いなので、体育の先生(注14)の偉そうさがバカバカしくて真面目に取り組まないもんだから、体育までもが成績1という始末でした。
 勉強でもオール1な僕のようなバカは体育だけでも5を狙っておきたいところでしたが、そこは誇りを重んじる性格。納得いかないことには絶対に屈しない強い精神力で逆らい続けました。


 前出の恩師・板橋先生の時だけは全力でやりますので「5」でしたけど。普段からゆとり世代の若者をなじり倒していますが、ワガママであまのじゃく度合いなら僕もゆとりなんぞに負けていません。なんの話でしたっけ。あ、体育や。


 僕はお勉強よりも体を動かす方が好きなのは言うまでもありませんが、高校1年生のある時から、運動すると腰に激痛が走るようになりました。10分間の休み時間にサッカーで遊ぶ(注15)などでもこの症状が出るようになります。
 運動中は痛くないのでついハードに動いてしまいますが、しばらくすると歩くことさえ無理になるほど痛みが走ります。よって体育の授業でも途中でマトモに動けなくなります。


 僕のことが大嫌いな体育の先生(注16)らは、僕がなめていてサボっているとしか判断できなかったようで、毎度毎度たいそう殴られたものです。
 ある体育の先生(注17)は怒り狂って殴り過ぎ、僕の鼻の骨を折っちゃう始末。柔道着が血だらけになりました。迷惑なハナシです。


 こんな調子なので、高校時代には運動が全くできなくなってしまいました。原因はおそらく「バック転」の練習をし過ぎで、頭から落下し腰をグキッとやってしまうことがよく起こっていたからなのだと思います。


 休み時間ですらロクに運動ができない状態なので、さすがの僕も母に白状し、病院に行く許可をもらいました。これまた運良くイマイチな病院と医者で、レントゲンとかいろんな機械を使って出た結果がお馴染みの「椎間板ヘルニア」でした。


 ほら、この骨と骨が当たっているでしょう。だから痛いのだよ。治すには手術しかない、などと抜かします。「しゅしゅ手術!!!」。 幼稚園の時にお友達の桑原くん(注18)が盲腸で入院した時に「痛かったけど泣かなかった」という超のつく苦労話を聞いていますから、ビビりまくっていて、手術なんてコワイものは絶対に避けたいわけです。


 それから大学の後半でフットボールを始めて、三武ペガサスに入団して8年間ほど、腰が痛くて痛くてどないもならん状態が続きました。
 運動時は試合も含めて常時ウエートリフティング用の太くて分厚いベルトを腰に巻いたりして悲しい下積み時代を送ったものです。


 「千代の富士は肩の故障が多いのを、トレーニングでカバーした。腰が痛いのは腹筋が弱いからだ。腹筋(運動を)すれば痛くなくなる」という情報を得て、異常なまでに腹筋をトレーニングしまくって(注19)いたら23歳ぐらいから全く痛まなくなりました。
 それから現在までぜんぜん痛くなりません。腰が痛いヘタレな人は、1日5000回のクランチをやりましょう。慣れれば1時間ほどで終わりますよ!


 今回のお話は「自分の信じた道を自信と誇りを持って進みましょう。時にはどこかが痛くなるけどトレーニングで解消だ!」というものでした。


(注1)社会人2連覇を果たした翌年のシーズン
(注2)名門スタンフォード大学でパーソナルトレーナーに付いてもらい悶絶トレーニングの数カ月を過ごしながら、空いた時間は地ビールのおいしいカリフォルニアの飲食店巡りで研修
(注3)ここ一番、期待を背負った中で相手の壁を破る活躍ができなくなった上、故障部分の弱体化と関節の腫れがおさまらず、「走り込み」をしないので練習不足は否めず「昔取った杵柄」だけでプレーするクズベテラン選手に落ちぶれた
(注4)ドクター加藤ではない
(注5)商売が軌道に乗り労働時間が減ったので運動に費やす時間が増えた。しかし体はボロボロ。元気な時には時間がない。神様はちゃんとバランスを取ろうとしたはりますなあ
(注6)全盛期は100キロちょうど。晩年は110キロまで増量し引退後は130キロまで増えたが現在は110〜115キロ前後で落ち着いている
(注7)片足のレッグエクステンションでプレート1枚しか持ち上げられない
(注8)若者が乗ってそうなスポーツチックな自転車のこと
(注9)当時の総監督と二人でチームの過去と未来と痛風と糖尿病についてシングルモルト片手に語り合う幹部会議
(注10)殴られた以外で気絶したのはこれで3度目
(注11)六本木ヒルズいうぐらいなので丘の上にあるんですよねー。少し前までは漕ぐ力が弱かったので電動アシスト自転車でしたが今は違います!
(注12)そんなんSNSに書けや! さすが12番は言うことが厳しい
(注13)高校ラグビーはハードタックル禁止なんですかね? フットボールのようなヒットをしにいったら危険だからダメだと言われました
(注14)毎日何かと理由をつけて僕をグーで殴りました
(注15)サッカーボールを蹴って近くの奴に当てるゲーム。顔に当たったら100点
(注16)毎日何かと理由をつけて僕をグーで殴りました
(注17)毎日何かと理由をつけて僕をグーで殴りました
(注18)今でもたまに遊ぶ
(注19)どれだけ腹筋を鍛えても6パックとかになりませんでした

【写真】腰痛に悩まされた大学時代の多聞さん