サンスターで3年目を迎え、フルバックとしては僕が「使えない奴」としてチーム内で完全に認識されました。
 与えられた任務(アサインメント)、主にランプレーのブロックやパスのプロテクションが下手すぎる上に、決まり事を覚えられていないので間違えることが多々ある。幸いリターナーとしても出ているし、ボールを持つと独走タッチダウンもたまにある。じゃあこいつは今年からテールバックにするか、となったかどうかは想像ですが、とにかく念願のテールバック専任になりました。


 昨年度までは、ショートヤードのシチュエーションやスペシャルプレーなどでは抜擢されることもありましたが、今年からは完全にテールバックをさせてもらえることになったのです。非常に嬉しい! 1部リーグでテールバックですから。


 そして昨年度に守備ラインとして入部しておられた例のイヤな先輩「田昌光」さんは、「ニチダイ風」の個人技流が関西風のやり方に合わず、「やっぱり今年からクオーターバックをやるわ」ということで、三武ペガサスの時以来3年ぶりに「(田さんの背番号)12+(僕の背番号)31=TD」を演じることになりました。


 春のシーズン、近畿大との練習試合ではパスキャッチでのタッチダウンを含め三つのタッチダウンを決め、僕のコンバートは成功したかのように見えました。そしてオールスターゲームのグッドウィルボウルにも出場させていただきました。
 そこにはテレビで何百回も見たスターたちがウヨウヨいます。オールスターの練習時にカメラを持っていき、翌週には現像してそこにサインを貰って、コレクションにしたものです。


 そして彼らの一挙手一投足を見逃さず、この機会に一気に情報収集に勤しみました。練習ではどんなシャツを着ているのか、コーチや仲間とどういうことを話すのか、準備運動はどういうことをするのか、どんな声をしているのか、それはそれは全部です。彼らのすごさはテレビやビデオでいくらでも見られるので、ファンとしてはテレビカメラが入れない部分をのぞき見たいわけです。


 実際のオールスターゲームでは、独走タッチダウン一歩手前でつかまってしまいMVPにはなれず、受賞した選手のトロフィーを取りあげて記念撮影させてもらいました。
 オールスターゲームとはいえ、1部リーグとしてはサンスターを除いて二つ目のチームでしたので、他チームのコーチが指導する内容なども練習が終わってから思い出せる限りをメモして今後の糧にしました。何しろ情報収集に対しては非常に貪欲なのが僕の特徴だったのかもしれません。


 このころに、このコラムに自分で書いたような「最強RBへの道」なんてモノを教えてくれる人がいれば良かったのですが、残念ながら当時の走りは散々なもので、映像があったら全て消し去りたいほど下手くそで恥ずかしい限りです。


 スピードを出せば腰が浮き(重心が上がる)加減速や左右への動きが悪くなります。腰を落とせばガクンと速度が落ちます。ボールセキュリティすれば視野が狭くなり、視野を広げればボールを持つ手のチカラが緩みます。
 見なければならない敵と、視野の隅っこに入れておけば良いだけの敵を見分けることができず、常に11人と戦おうとしてすぐにタックルされ、味方のブロックが決まる実力差のある相手の時にしかヤードを稼げない「単なる何て事のない普通以下の選手」でした。
 しかも、味方ラインがどう動くのかを理解していないので、パスのプロテクションではマグレ以外「0点」に近い有様です。


 前出の「お前を日本一のランニングバックにしたる」とおっしゃっていただいた熊野コーチや、榎並コーチも前年限りでチームを辞めておられ、この症状を修正というか指導できる人がいなくなっていたのです。
 チームはオプションからゾーンオフェンスにシステムが変わり、当時の僕ではどう走るのがベストなのかが全然わからないまま時間がたっていきました。


 下手くそな僕に走り方を指導していた守備出身のコーチも当然「最強RBへの道」を読んでいないので、教える内容は間違いだらけで、決してやってはいけないことをイヤと言う程反復練習させられました。
 でも何をすれば良いのか悪いのかなど、この時の自分では全く分からないワケですから、コーチを信じて必死で取り組みました。しかしコレが後にアメリカ人とフットボールをする際に、大恥をかくことになってしまうのですね〜。


 春のトーナメントやオープン戦があり、「リクルート」との練習試合で春を締めくくる、という企画がありました。もちろん大した活躍はできず試合は負けましたが、春の間はスターティングメンバーに選ばれること(実力は全く補欠レベルでしたが、僕は絶対に練習を休まないので自然とプレー機会が増えるのをコーチが錯覚してしまっていた)も多くなっていました。
 しかし、今考えると名門サンスターファイニーズの先発RBを任されるような能力はなく、厚かましくも堂々とボールを持っていたことがとても恥ずかしく、申し訳ない気持ちです。


 前々年に宇田川さんがいた鹿島建設、河口マーサのいた立命館大学とのオープン戦、前年度は関西大学との合同でスクリメージ練習、そして今年は近畿大とリクルート、そしてオールスターゲーム。強いチームに所属しているだけのことですが、1部リーグのチームと触れ合う機会が増えて来たことで、山をだんだんと登っている感じがあり、とても充実した毎日を送っていたように思います。


 そしてワールドリーグ合格へ向けての300日計画も着々と進んでいきました。平日1回と土曜と日曜で週に3度チーム練習があるので、それ以外に週3度はグラウンドで走るトレーニングや、陸上トラックでスプリント練習、坂道でのトレーニング、ボクシングは辞めて週4度ジムでのウエートトレーニングも再開し、減量のための有酸素運動は週4度以上。
 ラダーを使う簡単なスピードトレーニングや瞬発系トレーニングは昼休みなどにどこかの公園で45分ほどほぼ毎日。食事にも注意を払い、太らず強くなるように工夫していました。


 当時の仕事は自身が若かったため賃金が異様に安く、プロテインやサプリメントの安売りもなかった時代なので、体づくりの根幹である「食事面」が十分ではなかったことがとても悔やまれます。


 体が動き時間がありヤル気にあふれる若い時は、栄養や休息を買うお金がなく、栄養と休息を買うくらいのお金を生めるようになった時にはけがや故障が増え、仕事などで忙しく時間が無い上にヤル気がみなぎらなくなる。
 若い時から時間と金銭に恵まれている人には、才能があってもけがが多かったりと、世の中はウマくできています。このなんだか不公平か公平かわからない中で、とりあえずコツコツコツコツ毎日自分に課した鍛錬をこなしていきました。

【写真】オールスターゲーム戦でMVPのトロフィーを取り上げて記念撮影する多聞さん