サンスター・ファイニーズの雰囲気は三武ペガサスと全然違いました。ミーティングでは、意見を持つ者がそれぞれ思い思いに発言し、時にはコーチまでもが冗談を言ったりして、和やかなムードの中でしっかりと関学、京大イズムで会議が進行していきます。
 場所が狭いせいでもありますが、おにぎりを頬張りながら寝転んでコーチのハナシを聞く選手もいました。「はい」しか言う権利がない厳格な三武ペガサスでは考えられなかったことです。


 しかし、笑いながらのミーティングでも、選手起用から役割分担など徹底した規律があって、それをほとんどの関係者が全てを理解して、コーチの考えをフィールドで出すという僕にとっては斬新なフットボールでした。当然ついていけませんでした。


 立命館パンサーズとの交流試合も、試合開始直前まで「うーん、うーん」と悩みながら暗記用単語カードにプレー名と自分のアサイメントを書いたりして必死で覚えました。
 でも、ご想像通りそんなレベルで記憶していても本番でチカラを発揮するのはとても難しいものです。「ミスったらどうしよう?」「サッパリ思い出せない時は誰かこっそり教えてくれるかな? でも、そんなん聞いたらアホってバレるな」なんて考えていたら、プレーが始まってしまい、オロオロして逆方向に行っちゃったりスタートが遅れたりになってしまうのは当然です。
 ただし、自分がボールを持つプレーは簡単ですから間違えたりしません。そしてココで「多聞はボールを持てば少しマシだが、ブロックとプロテクション、そしてプレー理解度に難あり」という印象をチーム全体に与えてしまいます。もちろん自分自身にも「苦手意識」が芽生え、これがしばらく続いてしまいます。


 そして夏の合宿でも驚きの連続です。専用の天然芝グラウンドがあることは先に書きましたが、その近くにサンスター社の保養施設というか宿泊施設があるので、100人近くの全員が体育館のような場所に布団が用意されていてザコ寝するのです。
 しかし、一人っ子の僕は、ゴリゴリの重低音でイビキ大合唱のオッサンたちに混じって就寝することができず毎夜家に帰るという合宿でした…。


 そして、何とこの合宿では、「3食分の補助金(朝食500円+昼食1000円+夕食2000円とかだったように記憶しています)」と「交通費+高速代」というものがその日に現金でもらえます。なおかつ、クラブハウス内には大量のオニギリやフルーツが業者から届いており自由に栄養補給していいのです。


 選手数が多く層も厚いので、交代メンバーがたくさんいます。なので、出番が来たらどの人間も全力で最大限の速度とパワーを発揮し、かなりのクオリティーで練習や紅白戦が運営されています。
 三武ペガサスでは人数が少ないので、体力の温存のため、勝負所でしか本気を出さないというイビツなプレースタイルが当り前(作戦変更などではなく単なる休憩のためにタイムアウトを取ることもあった)だったので、これも新鮮な取り組みでした。
 何はともあれ、70人程の大所帯でフットボールをしたことがなかったので、練習中に前の人のプレーを見て、順番待ちをするという通常ではアタリマエなことにイチイチ感激していました。


 そしていよいよ1部リーグのデビュー戦がやってきました。相手は関西興銀ブラックイーグルス。タッチダウンはできず3回で12ヤードというさえない成績が、夢に見た1部リーグでの記録でした。
 そして2戦目にアサヒビール飲料ワイルドジョーに敗戦します。チームとしては過去の戦績から勝って当然なつもりで臨んでいたたようで、ショックはとても大きなモノになりました。この後にマイカル・ベアーズ、そして松下電工戦が控えています。
 もう一戦も落とせない(のはいつも同じですが)ので、2軍以下はスクリメージ練習に参加させられなくなりました。


 「君たちはそれ以外で自分を磨いてくれ」というチームからお達しが出ます。つまりもう試合にもロクに出られないというワケです。実力を考えればやむを得ないので、もちろん甘んじて受け入れます。いつかこういう時に「オマエが頼りだ!」とみんなから思ってもらえる選手になるぞ! と今回の件を具体的な目標に置き換えたことは言うまでもありません。


 しかし、接戦でなければ、複雑なプレーでなければ練習していなくても大丈夫なので、後半以降に出場機会は与えられました。ある時は、3回60ヤード2タッチダウンというかなりグッドな成績を残せたこともあり「突進力」だけは評価の対象になっていたので、出来ない部分は自分の中でもあまり気にせず、得意な部分の精度を上げていこうと若干の進路変更もしました。


 そしてイワタニ・サイドワインダーズ、千趣会フューチャーズに勝利したのですが、マイカル・ベアーズには敗北。松下電工戦を残して3勝2敗になってしまいます。しかし、アサヒビール飲料はわれわれに勝ったのはマグレだったようで、この時点でリーグ戦を終了しており2勝4敗。サンスターにもファイナルへの道が残されたのです。


 波乱の1部リーグデビューイヤー。ホケツのホケツですが、それなりに同い年の選手が多くいたりで、たまのオフにはみんなで野球をしたりと、苦しいだけのフットボールではなく、楽しくシーズンを過ごしていました。

【写真】サンスター時代にチームメートと野球をする多聞さん(31)