少し戻って大学4年のゴールデンウィーク。


 アルバイトに行く途中に、ローンで買った100万円以上する1200CCのヤマハ(注1)に乗っていて(中略)自動車と事故して廃車になり、たまたまけがはなかった(注2)ものの「さすがに次は死んじゃうな」と感じたので、その保険金でジェットスキー(注3))を買うことにしました。
 保険金だけでは買えなかったので(前出同期の)宮ちゃんと半分ずつ支払って買いました。


 そして翌年、大学5年生の春に「どうせならアメリカに行ってトレーニングしてみよう」ということ(注4)で、大学には在籍しながらも急に渡米を決めました。
 しかしお金は一銭もないので宮ちゃんに内緒でジェットスキーを売り飛ばし、そのお金を持って飛行機に乗っちゃいました。ちなみに初パスポートの初外国でした。


 渡米の目的は。
・ 雑誌でしか見られないプロのボディービルダー(注5)を間近で見ながら鍛える
・ たぶん(注6)スポーツ番組が多いだろうからあらゆるスポーツを見られる
・ NFLのある国って、どんなんやろという好奇心


 アメリカでは毎日毎日ゴールドジム(注7)に通い必死で鍛えました。帰国したら三武ペガサスに入団して活躍したいという一心で、大好物のフライドポテト(注8)も食べず、調味料もかけず、プロテインやサプリメントも沢山飲みました。
 何だかよくわからないものはなるべく食べず、確実に悪くないと判断できる物だけを選んで摂取し続けていました。


 学生ではないけれども、近所の大学の図書館に毎日侵入してフットボールやスポーツ全般、栄養などの本を英和辞典フル活用で片っ端から読み倒し(注9)ました。戦術や運動指導、生理学、サプリメントの本に比べて、フットボールの歴史やら有名選手とかコーチの自叙伝などは読むのが大変でした。


 日本にいたら、たとえ英語だろうとこういった文献は読めないですから、トレーニングしている約2時間以外はほとんど本を読んで書き写していました。


 腕まわりが60センチはあろうかという超のつくマッチョマンも、予想通りゴールドジムにはたくさんいたので、いい刺激を受けて毎日を過ごしました。生であれだけの質量を持つ筋肉を見るだけでヤル気に満ちあふれたことを思い出します。


 地元のNFLチームの練習も毎日見学に行きました。各ポジションの練習方法は根こそぎノートに書き込みました。NFLの練習を生で毎日見られる環境など考えられない〝事件〟ですから感動の毎日でした。


 しかし練習を見ていて特に感じたことは、プロのレベルでもレギュラー選手と2本目3本目の選手ではずいぶんと実力に差がある(注10)んだということ。
 例えばRBで、コーチに課される練習を上手にこなす選手とそうでない選手がいたり。キッカーやパンターだと飛ぶ距離や高さ、滞空時間に差があったりと、計ったりせずとも見るだけで実力が違うのがハッキリわかるのです。


 そしてやっぱりヘタクソから順番に週が明けたらクビになっていなくなります。
 RBの中でも一際小さくて不器用な選手(写真)もいなくなってしまいました。一際小さいと思っていた選手がそばに来ると、写真でもわかるようにかなり大きいサイズです。180センチ、115キロくらいだったと思います。


 オモリ上げ下げトレーニングばかりだと、フットボール選手としては運動が足らないので、サッカーやビーチバレーなどの遊びもやりました。
 日本人チームVSどこかの国チームなんかで、試合後のビールを賭けてサッカーのゲームをすることがありました。


 ここでも「気質」の違いを強く感じました。われわれ日本人は遊びのサッカーゲームでは真剣なフリをしません。ムキになったりもしません。冷静な大人ぶって、あくまでも笑顔で楽しんでいるフリをします。
 反則されても試合に負けてイヤな気持ちになっても「大した問題ではない」と平静を装います。というかホンマに何も感じません。そんなんでは「子どもか!」と言われるから。「大人になれ」とかも言われ(注11)ます。


 コレが外国人は違う。どんな遊びでもゲームでも真剣そのもの。本気。マジ。100万円賭けてるんかいうぐらい真剣。反則してくるし、危ないほどブンブン手足を振り回すし叫ぶし怒るしヤイヤイ言うし…。


 「あーコレは素敵やな。今日から俺もそうなろう。てゆうか大人っぽくイキるんやめよ。思ったことをそのマンマ感情に出して、どんな遊びでも勝負モノは100%真剣に取り組もう」という気持ちなり、見習うことに決めました。
 アメリカではこの気持ちの変換がイチバンの成長だったと思います。2番目はフーターズを知った事。バファローウィングにはブルーチーズドレッシングを塗ってセロリと食べることにビビりました。


 毎日ジムで鍛えて集中していた割には伸びが遅いのが気になりますが、本人は張り切ったマンマです。そして帰国。次回はココから。


 ▽体重
大学4年時92キロ
渡米前100キロ
帰国時100キロ


 ▽ベンチプレス
渡米前100キロ×4回
帰国時100キロ×6回


 ▽フルスクワット
渡米前180キロ×10回
帰国時215キロ×1回


 ▽40ヤード走
5秒2

(注1)145psのV-maxで走り屋のクルマと公道レースで勝ってウイニングランでウイリーしていた時に、別のクルマと衝突。V-maxはペッチャンコで廃車
(注2)まだヘルメットがいらない時代だったのでノーヘルだったが奇跡の無傷。ジーパンに破れ少々
(注3)その前に一応小型船舶の免許は取っていた。海はこけてもけがしないので安全でした
(注4)10歳年上の石川さんが強く強く渡米を勧めてくださった。学生の間しかそんな長期間行けないんだからと
(注5)当時のMrオリンピアはリー・ヘイニー。ショーン・レイの来日講演なども聞きに行ったもんです
(注6)ネットもないので情報がほとんどない。「地球の歩き方」のみ
(注7)日本にはまだなかった世界的に有名なボディービルジム。実際に見た時はディズニーワールドより嬉しかった
(注8)太りやすい体質な上にアメリカは太るというウワサにビビって趣味の暴飲暴食せずに過ごしました
(注9)学生証がないので貸し出しには応じてもらえない。よって図書館内に毎日滞在するしかない
(注10)日本の大学で1勝もしたことがないような人間が見てもすぐにわかるほど「1軍選手がすごい」という意味です
(注11)今でもたまに言われます。でも「僕からコレを取ったら、何にも残れへんのじゃ!」と心の中でつぶやくだけの僕は「大人」ですね

【写真】学生時代に米国でNFLのRBと交流する多聞さん