大学4年の冬、入団前の体験として三武ペガサスの練習に参加させていただける(させられる)ことになり、防具一式(注1)を持って東京に出陣しました。シーズンオフでしたが、普通にグラウンドで毎日練習です。


【ペガサス1日のスケジュール】
▽午前9時~正午 グラウンド練習開始
▽移動、昼食、休憩
▽午後3時~4時30分 ミーティング、トレーニング、終了後解散


 25、6歳の日大やその他の有名バリバリの1部校出身者が毎日本気で鍛えまくって練習しまくっているところに、初心者同然の僕が参加したらどういうことになるか、読んでいただいてる皆さんには想像もつかないとは思いますが、なにしろ接触のあるプレーでは全くどうしようも無く歯が立ちません。
 必死でブチ当たっているのに「本気出していいんだよ〜」と言われ続けます。初耳の専門用語が飛び交い、当り前のように淡々と練習が進んでいきます。
 チームの皆さんは「3部リーグのレベルとはこれほどまでにダメなのか」という印象だったと思います。このままでは内定取り消し確実なほどに何もうまくいかず、初日のグラウンド練習(注2)が終わります。


 そして午後のウエートトレーニングです。
 当時の最新機器がビシッとそろった素晴しい専用トレーニングセンターが渋谷区内の球団施設内に設置されています。トレーニングの内容も最先端のボディービルディング&パワーリフティング理論で実践されています。
 全メンバーで15人ほどの「ペガサス軍団」は、扱う重量が近いメンバー同士を四つのグループに分けて音楽をガンガン鳴らしてトレーニング(注3)をします。


 こんな将来が必ず来るであろうと勝手に予測していた僕は、大学3年生まではずっと飲食店のアルバイトに勤しんでいました。
 でも、時給やその他の条件は悪くなりましたが、フットボールを本気でヤルにはトレーニング理論の勉強や、そもそもタダでトレーニングできるんちゃうかな? という考えで4年生になってすぐにフィットネスクラブに〝転職〟していました。


 我が〝南河内大学〟では、トレーニングなどをする伝統も習慣もありませんので、ベンチプレスで60キロ挙げれば上出来「力持ち」という地位になります。
 ですが、このペガサス体験までにバイト先で約1年間トレーニングを毎日のように行なってきましたので、基礎的な筋力だけ(注4)はペガサスで最下位ながらどうにかついていけたような気がしています。


 しかし、ここでまた問題が発生します。午前のグラウンド練習で醜態をさらして、カッコ悪い自分を何とか受け入れてもらおうと、諸先輩方が見守る中100%の気持ちを入れてウエートトレーニングにエネルギーを注ぎ込むとどうなるかと言うと…。そうです。翌朝の筋肉痛でカラダ中がギンギンに固まって痛くて午前の練習に支障をきたすワケです。
 今までのフットボールとは次元の違うスピードとパワーとテクニックに圧倒されて筋肉だけではなく腰や足首もギシギシ悲鳴をあげています。


 そんなこんなで、どうにかこうにかガタガタの約1週間が経ち、ひとまず大阪への帰路につく新幹線(注5)の中で「これを年がら年中給料もらいながらやり続けられるのか。強くなるやろな、うまくなるやろな、ええ人生やな〜」とニヤニヤしていたことを覚えています。


 そして大阪に戻ってから冷静に考えてみます。いずれにせよこのままでは1年やそこらで彼らに追い付かない。しかも、フットボールの練習と体作りの同時進行など不可能だと判断した僕は、今年度に入団せず、1年間は体作りを優先しよう、と決断します。
 と言えばカッコがつくのですが、実は大学を卒業するための単位が足らないというビッグトラブルに見舞われ、卒業できなくなってしまったのです…。つづく


(注1)ヘルメットだけは恩師・板橋先生がミキハウスで使用している新型を借りていきました
(注2)グラウンドといっても、河川敷の広場に勝手に線を引いて使うだけです。大学生のラクロス同好会などとの場所を取り合い譲り合いが毎朝行なわれていました。丸子橋がメーン。このペガサス体験時に下高井戸のフェニックスグラウンドでも練習する機会がありとても興奮しました
(注3)全員マジメに鍛えまくっているのですが約2名は軽くたしなむ感じでした。もちろんそれはレジェンドQBのD先輩とスパイダーマンのSさんです
(注4)当時はベンチプレスで100キロを1回挙げられるかどうかでした。マジメにトレーニングを続けていくと、年に10キロ程度ずつ伸びていくことに気付きました
(注5)交通費、宿泊費、食費、全て球団が支払ってくださいました。学生に東京1週間旅行などできるはずもありませんからね

【写真】大学時代の多聞さん