今回は僕が有名になるためにやった売名行為を所属チーム別で棚卸ししてみました。
 それはそれは、他のフットボール選手がやっていない事をいろいろやりました。バカみたいな事ばかりですが、本人は真剣に計画して頑張っていました。熱いコメントがエスカレートし過ぎて生放送のインタビューを禁止せよと協会から正式に各テレビ局に通達されるなどは計算外でしたけども…。いずれにせよ、スポンサーと自分を必死で売り込む姿勢は重要だったなと思っています。


 これから有名になろうとする方は参考にしてくださればいいのですが、ふざけた事をやるのは人前だけで、人がいない時には思い出すだけで吐きそうなくらいの勉強と鍛錬をしとかな、肝心なところで期待に応えられない最低の裏切り者になってしまうので十分ご注意くださいね。


【大学】
・ クルマに派手な塗装を施して試合会場に行き同リーグ内の皆さんに覚えてもらう
・ どでかいアメ車にフルパッドの選手6人乗って試合会場に行き同リーグ内の皆さんに覚えてもらう
・ オールスター戦のスクリメージ練習で、試合以上に本気のガツガツでプレーして2部3部の皆さんに覚えてもらう


【三武ペガサス】
・ 当時の社会人リーグではあるまじきスキンヘッド。そのおかげで多数の方に今でも「三武のスキンヘッド」として覚えていただいています
・ 独走でタッチダウンしたあとはちょっと踊る


【サンスター・ファイニーズ】
・ 活躍したとき、インタビュー時に持っておけばスポンサー様のお役に立つのではと歯磨きのチューブを買っておいてサイドラインに仕込む。試合後は常に手に持ち、カメラに向かって宣伝しまくる
・ ゲーム中は常にコーチの横に立ち、テレビカメラに入るように研究工夫
・ テレビ映えするようにヘルメットや他の装具、ユニフォームに大幅に手を加えNFLの最新型に近づける
・ 変な色のスパイクを履くとかはカッコ悪いので、僕のお店のスローガンでもある「少しの違いが僕らのこだわり」として、ギリギリちょっとだけ皆と違う物を身に着ける


【アサヒ飲料】
・ 遠くから見ても番号を読み間違えられないように、3、6、8、9、0という下一桁の番号を拒絶する
・ 同じチームに所属している間は絶対に番号の変更をしない
・ インタビューの時は、記者がフットボールを知っている人かそうでないかを判断し、話す内容を変える
・ 冗談でも必ず「少しでも記事の面積を大きくしてくださいね」と最後に言う
・ 記事には書けないブラックな事も可能な限り面白く話し、とりあえずキーワードを沢山出す
・ 記者好みのキャッチーなフレーズをナイスなタイミングで放つ。そういう時は記者団が一斉にメモるので「ああ、こんな感じがエエんやな」と段々狡猾になってくる
・ 記者団に「変わった奴やな〜」と思われるように、他人がしなさそうなコメントをたくさん出す
・ 他のスポーツ中継やスポーツニュースをしっかり見て、オモシロコメント、しょーもないコメントを勉強する
・ メディアの人の顔を死ぬ気で覚えて笑顔のあいさつを欠かさない
・ どの人がどの新聞社なのかどの局なのかを絶対に把握しながら話す
・ 試合前にテレビカメラの設置を厳密にチェックし、どのアングルから撮られているのかを常に把握して試合に臨む。ただし、ライスボウルは台数が多過ぎてどのカメラがどの局かを記憶するのは不可能だった
・ レンズを1秒以上しっかり見て、カメラマンさんにも顔を覚えてもらう
・ 試合会場はもちろん、外出中や他人に見られる可能性がわずかでもある場合は、絶対にアサヒ飲料以外の飲み物を手に持たない。買わない。飲まない。そして美味しいと叫ぶ
・ そもそもの性格ではあるが、悪役というスタイルに徹したコメントを出す
・ 悪役イメージに「感謝や謙遜、遠慮、反省」は不要なので、量をそれぞれコントロールして味方応援団以外が嫌悪感を持つように話す。嫌われると名前を覚えられやすい


【海外】
・ 英語では日本語のように微妙なコントロールはできないし、言葉が通じない相手には偽りの思いは簡単に見抜かれるので、本気で楽しんでいるという気持ちを眼と表情と身ぶり手振りでオーバーに表現する
・ サインを求めて来る子どもたちやファンがいる限り、休憩時間が減ろうが何だろうが延々とサインをし続ける。ランボーフィールドでは3時間強やっていた日もありましたし、ヨーロッパでは遠征先で敵チームのファンでもサインしまくって、シーズン終盤になるとファンが全員多聞のサインを持っている状態になっていました。クヤシいので翌年はサインのカタチを変更してもう一回ずつサインしまくりました。何年か後にヨーロッパに行った木下ノリ選手の証言に「タモンさんのサイン、ドイツだけじゃなくオランダでも見たよ」というのがありました
・ チームが自分をプロとして雇っている理由はタッチダウンをするためではなく、ファンを楽しませるためなのだと心の底から認識する。そしてアメリカのフットボール情報を全て持って帰るのが対価
・ 何しろファンとの交流や時間を多くして名前と顔を覚えてもらう


 海外に出てあ〜、これは自分の力量じゃムリだな…と感じた後は「ファンとメディアに世界一サービスがいいアスリート」でありたいと思っていました。今でもドイツのファンの方とは交流がありますし、日本に会いに来た人もいました。先日グリーンベイのファンからも僕の写真が入った手紙が届きました。15年程がたっても喜んでくださる方がいるのはとても嬉しいな〜と思っています。


 名前を売るための方法も、最初は「道具や見た目」に走って、チカラがついて来たら「心掛け」にシフトしているのが特徴ですね。派手なクルマでしか自分を表現できなかったところから、他人様にサインするところまで登って行った成功体験を、今の仕事に生かせればステキなんですけどね〜。世の中甘くないですな。ではまた来週〜。

【写真】試合のジャージーをオークションで落札したドイツのファンと記念撮影する多聞さん