ぼくは、将来、アメリカン・プロ・フットボーラー(注1)になりたいと思っている。けれども、野球とちがって アメリカン・フットボールを、みんな、あまり(注2)知らない。
 ぼくも、パスとか やろうと思っても、相手がいない(注3)から、ぜんぜんできない。京都の小学校では、アメリカン・フットボールクラブがある。そんな小学校(注4)はいいな。
 野球のチームみたいに、フットボールのチームが、この学校にあればいいのにな。そして、今はできないけど、高校になるとアメリカン・フットボールクラブに入って正選手になって、インターハイに出場して、大学では甲子園ボウルに出場したいと思う。
 これは、思っていることだから、できないかもしれないし、できるかもしれないことだ。(原文のまま)


 以前に僕のSNSで公開して多くの反響を頂いたものなのですが、小学生の頃のお話のシメにこのリアルな卒業文集(注5)をお披露目しようと思いました。
 なにしろ、アメリカに憧れて、アメリカの生活スタイルがカッコ良く見えて、雑誌(注6)やテレビでしか得られない少ない情報でアメリカを楽しんでいた記憶があります。
 作文の前半は学校批判に終始していますが、コレは学校にフットボールを持って(注7)来るな。スケボーで学校に来るな。フリスビー(フライングディスク)を学校に持って来るな。自転車で学校に来るな。いたずらするな。遠慮しろ。整列しろ。鬼ごっこでハードタックルするな。子どもだけでプールに行くな。公園でウイリーの練習するな。落とし穴掘るな。チャイムが鳴ったら教室に戻れ。と、毎日毎日窮屈な先生らにアタマを押さえつけられ、変人扱い(注8)され続けた小学校ライフに柔らかく反抗している生意気さは、この頃から備わっていたようです。


 ご存知のとおりインターハイにも出ていませんし、甲子園ボウルも3回見に行っただけでした。本人が言っている「プロ選手」というのは「NAKAMURA」と書いたジャージーが全米で売られているような選手(注9)になるという意味です。
 プロで契約をすることを夢として設定したわけではないので、何一つ夢をかなえることができなかった哀しい自分を悔やみ、ひとり部屋で泣く事があります(注10)。


 プロになりたいという強い気持ちはありましたが、何から始めればいいのかすらよく分からない訳で、2年強続けた必死の受験勉強を経て清教学園中学校に進み、僕の心技体を大きく支えた人物に出会います。つづく


(注1)なんちゅう言葉やねん
(注2)あまり知らないどころか全然知らない
(注3)相手はいた。いないっていうのは同じ志を持った友人がいなかったという友達批判
(注4)そんな小学校があるかどうかはわかりません
(注5)たぶん卒業文集
(注6)ポパイ、スポーツノートなど
(注7)親にねだって勝ってもらった線なしプロ用ボール
(注8)結局、学校の先生にはほとんど嫌われる生き様です
(注9)ジョー・ネイマス、テリー・ブラッドショー、ジョー・モンタナ、そんな感じ
(注10)完全にウソ。でもコレはまた後に出て来るお話しです

【写真】将来の夢について書かれた、中村多聞さんの小学校の卒業文集