久しぶりのコラムであるが、まずは今年の追手門フットボールを振り返ってみたい。
 勝負は強い方が勝つのではない、勝った方が強いのだと言われる。確かにこれは真理の一面である。一方で、弱くては勝てないというのも、明白な事実である。


 コーチの仕事は。まず選手を鍛えて強くする。さまざまな課題を与えるだけではなく、選手がそれをやれるようになるまでやらせる。これは情熱と根気がないとできないことである。
 もう一つは、勝利を追求するための戦術を組み立てる。そのためには、己を知ると同時に敵を知る、敵の情報を得るためのスカウティングは、きわめて重要である。


 コーチは朝から晩までビデオスタディーをし、それに基づいて味方の弱点を隠し、敵の長所を封じると同時に、味方の長所をもって敵の弱点を突く。
 ゲームプランを立てる。それを実行するための練習を計画し実行し、それをビデオでチェックして試合や練習のプランを修正する。こうして選手にゲームプランをマスターさせて試合に臨む。


 大変時間と根気を要する仕事であり、ビデオを見るのが好きでないとやれない仕事である。
 好きだからとはいえ、それでも二人のコーチの働きには感謝である。お陰で関西リーグDIV.2のAブロックで優勝することができた。
 ここまでは、勝った方が強かったのだが、DIV.2の順位決定戦で対戦した桃山学院大には10―33で完敗。入れ替え戦では京大に0―52と試合にならない。


 要するに弱ければ勝てないのである。ということは、我々はどう見ても強いとは言えない。
 シーズンアウトの故障者5名を加え総勢49名、ポジションによっては故障者が出るとチーム崩壊である。少数精鋭ならまだしも、能力の高いのはQBだけ。なにしろ、攻守ラインでベンチプレスの最高が100キロである。今時、こんなフットボールチームはないだろう。プヨプヨとチビっ子ばかりである。


 昨年もトレーニングはしていたようであるが、どんなトレーニングをすればこんなに弱くなるのか、理解に苦しんだ。
 4月、練習を始めた頃、高校チームと合同練習をしたことがあるが、ラインは攻守とも高校生に圧倒されていたほどである。


 しかし、今年もコーチとして現役に胸を貸してくれた昨年の主将は強い。DIV.2でもトップクラスの強さである。
 ベンチプレスは140キロ。当たりでは、現役選手は全く相手にならない。無人の野を行くようであり、まるで羊の群れの中のライオンである。全く異質で、同じチームで練習してきたことが信じられない。


 普通は、誰か突出した者がいると、他は自分もとその後を追うものであり、それがチームのレベルを上げるのである。しかし、そういうメカニズムが全く見えないのは、小生にとって不思議な世界としか言いようがない。
 だが、それは選手の方でも同じだったであろう。突然爺さんが二人のコーチを連れてきて、それまでそれまでと全く違うことを言うのだから、面食らったのはよく分かる。


 皆、トレーニングも練習もしていたのは確かであるが、方向が間違っていたように思う。トレーニングにしても、コンディショニングに重点を置いていたようで、強くなることは二義的であったようだし、練習にしてもうまくプレーをするたけで、強くなるということは重視されていなかった。
 小生は、練習の第一義は強くなることで、強くなければやることもやり方も変わってくる。「何をする、どうする」は強くなってから考えた方がよいと考える。


 やるべき課題は山積であったが、とにかく強くなろう、フットボールの基本はブロックとタックル。まずは当たりを最重点に取り組んできた。
 まだまだ強いと言える者はいない。ずっと当たりに力を入れてきた高校にはずいぶん見劣りがするが、それでもかなり強くなった。強くなった時のことは、強くなってみないと分からないのが人間である。
とにかく強くなろうと思って、これまでやったことのない練習に取り組んできた選手の努力とコーチの働き、これがブロック優勝の原動力である。


 まだまだ道半ばまでも行っていないが、よくやったと評価したい。ただ、フィジカルに優れ完成度の高い桃山大は、明らかに力が上だったのに加え、我々も力を出し切れたとは言えない。強い相手を前にすると、力を出せないのが人間なのである。
 まず「年間を通じもっと強くなろう」を合い言葉に練習してきたので、選手も熱心にやってかなり変化したのは事実である。


 一方、人が上達、進歩するというのはリニアな変化ではない。ある時期に急激に変化する。我々は強いとはいえないから、コーチはその時点で最良のメンバーで臨もうとする。試合毎にメンバーが替わる。
 それは良いことではない。本当に力のあるチームは、ある程度ポジションを固定して繰り返し練習することで、精度を上げるのである。その場しのぎのチーム編成をするのだから、完成度は望むべくもない。


 しかし、試合になると良くても悪くても勝たねばならない。対戦チームを分析して、最も有効なプランを立てるから、毎回新たなプランをやることになる。
 これは下級生中心の未熟な選手には、消化不良の原因となる。戦術に一貫性を欠き、蓄積にならないから良いことではない。


 しかし、リーグ戦では良くても悪くても勝たねばならない。試合毎にプランが変わることで、フットボールインテリジェンス、応用力に欠ける選手たちはついてこられなかったというのが本音であろう。


 そういう意味では、自滅の感も否めないが、弱いチームが勝つためには、このようなリスクは不可避である。選手がうまくやってくれるのと「運」に期待して冒険するしかないのである。
 これは超えなければいけないテーマであり、全員が自分を鍛え強くならなければならない。


 さて、いよいよ肝心の入れ替え戦であるが、相手は京大。小生と京大の対決ということで、ずいぶん関心を集めたが、結果は0―52の惨敗。ただ、小生としては勝てないまでも、もう少しやれるはずだと思う。
 なぜか。最大の理由は、今まで経験したことのない雰囲気の中で試合に飲まれたし、京大の気迫に圧倒されたということだろう。
 ベンチに戻った選手から情報を得ようとしても、その時の状況もその時の相手の隊形も覚えていないのである。


 頭の中は真っ白。「人は心ここにあらずんば見れども見えず、聞けども聞こえず」。こうなると全くお手上げである。
 目の前のことが見えていないのだから、対応するためのプランなど実行できるはずもない。コーチに与えられる指示など全く意味を成さない。
 こうなると手の施しようがない。自分がやろうと意図したことぐらいやれるはずだと思っていても、それができないのが人間であり、勝負ではよく起こることなのである。


 京大が初めて甲子園ボウルに出場した前年の1981年。全勝同士で関学と対戦することになった。それまでのスタッツでは、むしろ京大の方がいい。「今年の甲子園は京大」という声もあって臨んだ試合であったが、蓋を開けたら0―46。完敗というより、試合にならなかった。
 京大の選手は関学の気迫に圧倒され、まさに痴呆状態であった。甲子園ボウルは、関学にとっては自分たちの舞台なのである。京大なんかに奪われてはならないのである。人格を懸けて守るべきものなのである。


 人は、守るべきものがあると強くなるのである。このような敵と闘うには、よほど強い気持ちを持つことが不可欠である。これが、京大が1976年に初めて関学に勝ってから、甲子園ボウル出場までに6年も要した大きな壁であったと思う。
 追手門のフットボールも、これからは体、技、知識の向上とともに「強い心」を持つようになるには、越えるべき壁は厚く高い。


 ただ、もっと気楽にやれば勝てないまでも、もう少しまともな試合ができたであろうが、それで勝つには、当たり前に勝てる、圧倒的な力を身につけなければならない。
 そのためには、優れたアスリートのリクルートが最初の仕事になる。

【写真】オプション攻撃で入れ替え戦に臨んだ追手門大のオフェンス陣=撮影:山岡丈士、12月7日、王子スタジアム