いつものことであるが、思いつくままに書いてみたい。独断に満ちているので、反対意見もたくさんあるだろう。何せ、自分の言っていることに矛盾があるのは、自分でも分かっているのだから。


 1997年、京大フットボール創部50周年に、ハーバード大学のフットボールチームを招待して記念試合を行った。
 大半の米国の大学は、入るのはそれほど難しくないが、卒業が大変である。厳しい入学試験を設け、出るのは比較的やさしい日本の大学とは異なる。
 フットボールチームを強くしたい大学は、優秀な高校生アスリートを入学させるし、強豪チームでは、ほとんどがフットボール奨学金を与えて選手を集めている。


 勝利のために第一のファクターは、優れた選手であるから、これは当然のことである。我が国とて、強豪チームの多くは、スポーツ推薦制度などで優れた素材を集めている。
 一方、我が国の国公立大学はというと、大学の支援はほぼゼロで、やってくれるのは練習のためにグラウンドを使わせてくれるだけである。そこには、教育理念の違いが存在する。


 国公立大学では、スポーツ好きな者が、勝手にやっていることであり、教育とは無関係とされている。それに対し私立大学の多くでは、スポーツを課外教育、すなわち教育の一環と位置づけているから、才能に恵まれた者を入学させるというのは、当然のことなのである。
 今、追手門大学のフットボールチームを指導するように求められているが、大学がチームの強化を望むなら、コーチの雇用とあわせ、スポーツ推薦入学制度やスポーツ奨学金も充実させるよう進言している。


 さてハーバード大学であるが、所属しているアイビーリーグではスポーツ奨学金はないし、高校時代にスポーツで活躍したことは、人物評価のごく一部であり、学力が第一の選考基準である。
 そういう意味で、アイビーリーグは他の大学と少し世界が違うが、勝利を追求する姿勢には強いものがある。スポーツを教育の一環として位置づけており、必須のクラスは原則的に午後3時に終わり、課外活動に力を入れている。


 ハーバード大学の教育理念は「世界のリーダーを育成する」というものであり、そのための教育とは知識の習得にとどまらず、どんな人間になるかということを、より重要視している。
 それには、教室の勉強だけでは不十分である。行動の中で自分と向き合う、自己の変革を目指し自分と闘う。それを通じ己を知ることは、社会で活躍するために大いに役立つ。


 行動が不可欠なスポーツは、大変有効な教育手段なのである。我が国の国公立大学も、せめてハーバード大学並みに課外活動をサポートしてもらうことは、将来国や世界に貢献する有為の人材育成に資するところは、少なくないと思うのだが…。
 ちなみに、ハーバード大学では、一日6時間予習、復習をしないと授業についていけないと聞いた。だから、フットボール選手は時に睡眠時間を削って練習しているそうである。
 試合の前に1週間滞在してもらって交流したが、「さすが」と感心させられたことも多く、京大の選手に比べだいぶ大人で、われわれは負けていると思わされた。


 しかし私は、それでもいいと思っている。当時の京大の選手はフットボール一辺倒で、他のことはほとんどできていない。しかし、人生のスタートラインにいると思えば、彼らはまだ一人前でなくてもいいと思う。これから努力して、ハーバードの学生に負けない人間になればいいと思う。
 そのために、修行僧のように他のことに脇目も振らず、フットボールだけになって自分自身と向き合うことが2年ぐらいあってもいいと思う。


 それを通じ、自分というものの本質が見え、同時に強豪チームの選手に勝つ人間になるため、自分との闘いを最後までやり切る。最終的に試合には勝てなくても「自分は自分との闘いを最後までやり抜いた」「自分は負けなかった」ということは、大きな自信になる。
 自分に負けない自信があれば、人生たいがいのことに挑戦できるだろう。明日が見えない中、自ら答えをつくってそれを実行する。これがリーダーとして、最も重要な資質である。その時失敗したらどうなるだろう、などという「取り越し苦労」は最大の敵である。自分に負けない自信こそが、「勇気の源」となるのである。


 大学スポーツの役割はリーダーの育成と言われるが、ちょっと違うのではないだろうか。リーダーになり得る人間を育成することであろう。
 大学卒業時に、人間として完成しているようでは、大きな人間になれないのではないか。未完成でも良いのである。


 追手門大学の学生の大半は、高校時代にフットボールを経験していて、高校の仲間で優れた者は強豪チームでやっている。自分は追手門にしか来られなかったから二流、三流だと思っている。
 しかし、実際に指導してみると実にいい素材がいるのである。10年前の京大と比べても、見劣りしないほどである。今までしっかり練習してこなかったから、まだ才能が発揮できていないだけである。今というスタート時点で遅れは取っているが、やり方次第で大きな可能性がある。


 最大のネックは、自分たちはこんなものだという自己認識、すなわちチームの「文化」である。小生とコーチの仕事は、まずチームの文化を変えることから始まる。
 これは大変困難な根気のいることであるが、地道な努力をすれば、やがて選手一人一人が自分の変化する喜びを感じてくれるだろうし、それができる連中だと期待している。
 そのためには、コーチは24時間、365日であることが求められるが、残念ながら年を取りすぎた。今、法政大学OBの木目田君がオフェンス中心に指導してくれているが、もう一人ディフェンスを指導してくれるコーチが必要であり、大学は雇用を約束してくれている。


 ただ、コーチに求められるのは選手を活用して勝利をもたらす、最新の知識を備えた「戦術家」であると同時に、強いチームの「文化」を植え付けることである。
 それは、大学の教育理念と一致している部分も多く、勝利の追求を通し、大学と一体となって人材育成にかかわっていきたいと願っている。

【写真】米ハーバード大の正門、ジョンストンゲート=米マサチューセッツ州ケンブリッジ(共同)