先日、指導している追手門高校のシーズンが終わってしまった。予選リーグは突破したものの、決勝トーナメントの初戦で負けた。しかし、やってみると高校フットボールは結構面白い。各チームがユニークなのである。


 一方、Xリーグや大学の選手は一昔前より大きくてパワフルで迫力があるが、玄人受けするような技、特に当たりの技が見られない気がする。その理由を考えてみると、今は情報を得ることが大変容易になり、アメリカから最新の戦術を学ぶことができるようになったからだと思う。
 昔、米カレッジフットボールでは自分の名前すら書けない選手がいたと聞いたことがある。いくら何でも、それは問題であろう。また、強豪チームは奨学金などで無制限に選手を集める。これでは強いチームがいつまでも有利。しかし、強豪チームの中には、試合に出られない一流アスリートも少なくない。これでは、イコールコンディションの競争にならず、リーグが面白くない。何より人材の無駄である。


 そこで、NCAAが奨学金や練習を大幅に制限した。これはこれで意味のあることであるが、カレッジフットボールは大きく変わってしまった。コーチは少ない練習時間では選手のスキルアップができないため、チームに、ゲームプランに必要な役割分担とテクニックをマスターさせることに集中せざるを得ない。最も変わったのはランニングゲームであろう。限られた練習では複雑なアサインメントのマスターとスキルの習得は不可能なので、シンプルなゾーンブロックとパスプロテクションが仕事となる。


 当然パッシングモアとなり、いかに優れたQBを入れるかが鍵になる。トレーニングは制限がないのでパワーとスピードで勝負することになる。我が国では、大学の優秀選手を集めたXリーグが優位にあるのは当然のことである。Xリーグは練習時間が制限されており、最も大切なのは時間の効率であるから、カレッジ流の取り組みになる。そして、Xリーグが強いからXリーグのカレッジ流の取り組みが最も優れたものと思われ、大学も右へ倣えになっているのではないだろうか。
 しかし、日本の高校や大学は練習の制限ははるかに少ないから、日本ならではのやり方を考えた方がいいと思う。アメリカのコーチも、練習時間の制限がなかったら、全く違うチーム作りをするはずである。


 その点、高校フットボールはそれぞれがユニークなチーム作りをしている。というより、せざるを得ないのであろう。我が追手門も、QBは春の時点ではパスは30ヤードも飛ばなかった。ただ、この10日ほどで50ヤード近く投げられるようになったのは、大きな驚きである。もっとも、パサーとスローワーは違うから、ボールが投げられるだけではパサーではないのである。
 春先は、パスに全く期待できないため、オプションフットボールをしようということになった。このように、フットボールの形は条件によって大きく左右されるのである。はじめの2戦は地力で勝ったが、決勝トーナメントの相手は全く違っていた。追手門は3年生7人、2年生18人、1年生12人、長期故障が4人いるので1年生3人を加えてやっと戦える状況である。さらに、テスト期間は2週間ほど部活動が停止になるなど、練習時間は十分ではない。一方、相手は各学年20名以上で、DVDで見ても鍛え方が違う。当たりもスピードも二枚も三枚も上である。


 高校フットボールは毎週であるから、ゲームプランを立て実行するのが大変である。DVDで彼らの試合を見ると、パスはうまいとは思えないし、ランニング中心のオフェンスである。ランだけ止めてロースコアに持ち込むしかないと考えてゲームプランを立てた。ディフェンスバックのうち2人が1年生なので、あまりいろいろやらすと、どれもできずに終わってしまう。応用が利かないのである。
 ところが、やってみると相手はパスが上手だった。ショットガンフォーメーションのスーパーからのロールアウトパスが止まらない。われわれのスタンダードなカバーもあるが、それがむちゃくちゃになっている。選手が浮き足立っているのである。どう指示したらいいか分からないまま終わってしまった。


 試合は何が起こるか分からない。やられることもある。だから、全て止めようと思うな、自分の仕事に徹しろ、それでやられるならそれが実力、腹をくくれと言っているが、それが簡単にできることではないのもよく分かっている。未熟な者は自分に自信がないからすぐパニックになる。これでは駄目である。
 私は、技というのはできたら終わりではない、始まりであると思っている。できてから1万回繰り返すのが基準と思っている。これくらい繰り返すと、体が勝手にやってくれるようになる。すると意識が自由になる。直感的に判断し行動できるようになる。こうなると世界が変わる。


 こういう経験は大きな喜びをもたらす。こうしてはまっていくのである。これは私の経験知である。私が現役の時、京大は選手が少ない上、休む者も多く、チーム練習などほとんどできなかった。人数がそこそこそろったとき、反面(右半分、左半分)のスクリメージをやるのが精いっぱいである。練習時間の大半はダミーに当たっていた。それでも、ダミーに自由自在に当たれるようになると、実戦でも思い通りの当たりができるのである。
 今は練習が詳細に計画され一つの練習の繰り返しが少ない。時間効率も大事であるが、それでは本物になれないのではないだろうか。これは、今のカレッジ流の欠点だと思う。日本の高校や大学では練習の制限は少ないから、われわれ流のやり方も意味があるのではないだろうか。もっとも、スカウティングやゲームプランの立て方においては、向こうが二枚も三枚も上。学ぶところも多いのは当然である。


 ということであるが、これは今回の前置きである。長くなってしまった。今追手門学院は高校、大学を通じてスポーツに力を入れようとしている。ゆくゆくは体育学部設置も視野にグラウンドなども充実させるなど、本気である。その中でもアメリカンフットボール部は重点スポーツの一つと位置づけられている。
 そこで先日、小生に中心になってやってほしいと言われた。今は客員教授という肩書きでのんびりやらせてもらっているので、せめて高校フットボールチームにフットボールのやり方を教えようということで、この一年やってきたが、皆だいぶやり方が分かってきたのはうれしいことである。


 今、コーチは一人であるが、もう一人コーチがいて選手が増えれば、チャンスは出てくるであろう。学校はもう一人コーチを雇っていいと言ってくれているので、昨年末より募集中である。加えて今回は大学も同様にまず一人コーチを雇うので、小生に人選しろということになった。だから合わせて二人のコーチを募集中である。やる気のある方は、ぜひ応募していただきたい。大歓迎である。


 小生の考えるコーチとはチームのオーガナイザーである。フットボールが好きで、自分がやっていたポジションのことなら分かっているというだけでは十分ではない。選手の才能を活かすためには、どんなスキームがいいか、どういう練習をしたら選手が成長するか全体と発展を見通すことが求められる。
 これはかなり経験も必要だから、小生が教えるべきことは少なくないと思っている。何より、フットボールが好きなのはいいことであるが、同時にチームを勝たせるのが仕事であることは、言うまでもない。

【写真】京大監督時代の水野さん=2006年