記者席で関学大のメンバー表を見て驚いた。昨年までQBだった中根弘人のポジションがWRに変わっていた。中根は関学高のエースQBとして活躍し、関学大では1年時から昨季までのエース斎藤圭のバックアップとして甲子園ボウルにも出場した期待の選手だった。
 今年の関学大は昨季試合経験を積んだ伊豆充浩と中根の3年生二人が正QBの座を争うものだと思っていたが、状況は大きく変わっていた。


 4月18日に関学大―慶大が神戸市の王子スタジアムで行われた。関学大にとっては今季初戦となるこの試合について、取材の目的ははっきりしていた。それは伊豆に話を聞くことだった。春の時点で彼にしっかり話を聞いておきたいと思った理由は、2年前にさかのぼる。


 2013年シーズン、エースQB畑卓志郎が卒業した関学大は、3年生の斎藤圭と前田龍二が春から司令塔の座を争っていた。パスの技術には定評のあった斎藤と、勝負強さが売りの前田。春の試合を重ねていく中では、どちらも決め手を欠いているように見えた。


 私は前田がレギュラーになるのではないかと思った。理由は試合中にWRにごめんと謝る斎藤のやさしい性格が気になったからだ。フラッグフットボール出身でパスはうまいが、彼では「関学のエース」の重圧に耐えられないと思ったのだ。
 秋シーズンの開幕前は、同じように斎藤では勝てないという周囲の声もかなり多かった。


 結果はご存じの通りだ。斎藤は秋にレギュラーに定着すると、QBとして関学大の3年連続大学日本一に大きく貢献した。14年もさらに成長してチームを4連覇に導き、日本選手権では社会人王者の富士通をあと一歩まで追いつめた。


 この結果を13年の春に予測していた人たちがいた。当時タッチダウン誌の編集長だった上村弘文さん(現ハドルマガジン代表)は、「秋には間違いなく斎藤が出てくる。ものが違う」と言っていた。
 さらに、元朝日新聞編集委員で関学大のホームページでコラムを連載している石井晃さんも、「必ず斎藤は成長する」と断言されていたそうだ。


 なぜ彼らは斎藤の成長を予測できたのか。それは斎藤という選手をしっかり取材して、彼のプレーや人間性をよく知っていたからだ。まさにそこがエース斎藤に疑問符をつけていた、私を含む多くの「外野」との違いであった。
 私はイメージだけで斎藤はやさしすぎるからQBに向いていないと決めつけていた。もちろん、何度か話を聞いただけでその選手の本質が必ずしも分かるわけではない。石井さんのようにグラウンドに足を運んで、普段の練習の様子を観察し続けて、初めて見えてくることもあるだろう。


 前置きが長くなったが、伊豆に話を戻そう。昨年の春、伊豆について関学大の鳥内秀晃監督は「走れて(パスを)ちゃんと放れる選手」と評価していた。パスを“ちゃんと”投げられるということについて、私は伊豆の肩の強さを指しているのかと思っていたが、昨年1年間の彼のパフォーマンスを見て考えが変わった。
 伊豆は斎藤の控えだったこともあるが、自分ができることに集中して試合を壊すようなミスを犯さない、とにかくきっちりプレーする選手なのだ。


 彼のまじめさを最も象徴しているのが、パスの「投げ捨て」の多さだ。この日の慶大戦でも10回以上はパスを投げ捨てている。リードした試合展開が続いたこともあるが、伊豆は無理なパスを一切投げない。
 最初のタイミングで投げられなければ、ムーブしながら空いているWRを探す。それでも見つからなければ相手につかまる前に確実にフィールドの外へとボールを投げ出す。


 実はXリーグのトップレベルのQBでもパスの投げ捨ての判断がうまくできていないQBは意外と多い。ぎりぎりまで粘って無理にパスを投げてインターセプトされたり、サックされてファンブルしてしまうのだ。 特にロールしながら逆方向に投げるパスは最もインターセプトの危険が高いとよく言われるが、このシーンをリーグ戦でもよく目にする。


 では伊豆が今のままでいいかというと、関学大が立命大や社会人を倒すことを目指すためには十分ではない。彼にはまだ激しいプレッシャーの中で針の穴を通すようなパスの精度は備わっていないし、大事な場面でパスを決める勝負強さを持っているかどうかも分からない。


 本人は現状を冷静に把握している。「現時点で社会人相手に通用するQBは関学には誰もいない。秋までにもっとレベルアップしなければ」と伊豆は語る。
 さらにライバルの中根がWRにコンバートされたことには、「今までは同じポジションのQBとしてアドバイスをしてくれていた。これからはワイドユニットの仲間として、お互いに高め合いたい」と、ともに関学オフェンスを築いていきたいと言う。


 打倒社会人を目指して秋までに成長するのに必要なことは何かと聞くと、二つのポイントを挙げてくれた。
 「まず自分がリーダーとしてチームメートに認めてもらえるような存在にならなければならない。そのためには日々の練習はもちろん、私生活まで全部見られていると思って一日も無駄にせずに過ごしていく。技術的なことは課題がたくさんあるので、一つずつクリアしていきたい。もう一つは1月3日にピークを持っていくこと。今までは打倒社会人といっても、立命戦や甲子園ボウルで出し切ってしまった部分があった。それらは全部通過点なので、本当に社会人に勝つことだけを考えて取り組んでいく。僕らで4年間負け続けた悔しさを必ず晴らしたい」


 伊豆が秋までにQBとしてどのレベルまで成長するのかは分からない。現実的な話、畑や斎藤のレベルと比べるとまだまだ差は大きいのは事実だ。
 話を聞いたのは10分程度だったが、まだ3年生の伊豆が並々ならぬ覚悟を持ってシーズンに臨んでいることだけはよく伝わってきた。


 その証拠に「私生活から全て変えなければ勝てない」という言葉を彼はインタビュー中に3度も繰り返した。
 甲子園ボウル5連覇、そして4年連続で敗れている打倒社会人を目指す関学大にとって、秋には頼もしい司令塔になりそうな予感がする。

【写真】今季、関学大のエースとして期待されるQB伊豆=撮影:山岡丈士、4月18日、王子スタジアム