「私のことをからかっているのか? こんなの狂っている」。ラストプレーでTDが決まった瞬間、実況の米国人アナウンサーがこう叫んだ。
 フットボールに限らず、スポーツの試合で奇跡的な出来事が起きた時、「あり得ない」とか「信じられない」という表現が使われる。おそらくそれらの単語では目の前の事象を言い表せないと考えたのだろう。冒頭の過激な言葉が口をついて出た。


 米カレッジのボウルゲームは小欄コラムニストの丹生恭治さんが紹介されている通り、12月20日から1月12日まで約3週間の間に39試合が行われた。オハイオ州立大がオレゴン大に勝って、トーナメント制となった初の全米王座を決めた試合も既報の通りだ。


 一方、マイナーなボウルゲームではあるが、どうしても日本のフットボールファンにお伝えしておきたい試合がある。12月24日にバハマの首都ナッソーで行われた中央ミシガン大と西ケンタッキー大の一戦、「バハマボウル」だ。


 この試合は米国とカナダ以外で初めて米カレッジのボウルゲームが開催されるという歴史的な試合ではあったが、中継の画面に映し出されたバックスタンドはがらがら。ホーム側では米国から駆けつけた熱心なファンが、まばらな声援を送るという様子だった。


 試合はあっという間に大差がついた。西ケンタッキー大のオフェンスが得点し続けて、第3クオーターを終了して49―14と中央ミシガン大から大量35点のリードを奪っていた。常識的に考えて、試合は決まっていた。


 第4クオーター、3分23秒、中央ミシガン大のQBクーパー・ラッシュがTDパスを決めて21―49と4本差にする。この時点で実況アナウンサーと解説者たちに全く緊張感はない。
 「一応ボウルゲームなのだから、勝利を目指してオンサイドキックを選択するべきだ」などと冗談交じりに話していた。


 続く西ケンタッキー大の攻撃を三つで止めると、7分57秒に28―49と3本差に迫るTDが決まった。この時にアナウンサーが、ボウルゲームの歴史上最高得点差の逆転劇は、31点だという記録を紹介する。すぐにこういった情報が出てくるのは、さすがフットボールの本場米国ならではだ。


 オフェンスの奮闘に応えて中央ミシガン大の守備も粘りたいところだが、ずっとやられ続けてきた攻撃を急にシャットアウトできるほどボウルゲームは甘くない。
 ずるずると前進を許し、パスをキャッチした西ケンタッキー大のWRがエンドゾーンに迫る直前、後ろから追いついた中央ミシガン大の守備選手がファンブルを誘発。再び攻撃権を取り戻した。


 こうなると、一気に流れは中央ミシガン大へと傾く。決してパス一辺倒になるのではなく、QBラッシュはランを交えて着実にドライブを展開して、11分54秒に35―49と2本差に迫るTDを決めた。
 このころには中継の解説陣も現実味を帯びてきた大逆転劇に備えて、ベストな戦術や時間の使い方について語りだした。


 ここで中央ミシガン大はオンサイドキックを選択するが失敗。しかし、守備が三つで止めると、14分51秒に再びラッシュが42―49とついに1本差となるTDパスを決めた。


 残り時間は1分9秒。今度は勝負のオンサイドキックとなったが、これも失敗。タイムアウトは残り2回なので、中央ミシガン大にとっては万事休すかと思われた。西ケンタッキー大がパントを蹴る時点で残り10秒。パントはぎりぎりエンドゾーンに入ってタッチバックとなり、時計は残り1秒で止まった。


 自陣25ヤードから中央ミシガン大のラストプレー。エンドゾーンまでは75ヤードあるので、強肩の米国人QBでもさすがにヘイルメアリーパスは届かない。敵陣に走りこんだWRに約50ヤードのパスを通す。
 そこから3回のバックトスを経て、この日4本のTDパスをキャッチしたTEのタイタス・デービスがエンドゾーン右隅に走りこんだ。コーナーに向かってダイビングしたデービスの持ったボールは、パイロンをかすめてTDが成立した。


 劇的なTDパスが決まって48―49と1点差。ここで中央ミシガン大は同点のキックではなくプレーを選択して、一気に逆転を狙った。この時、当然ではあるが会場が異常な興奮状態に包まれていたのが、画面を通じて伝わってくる。
 ついさっきまでは、ハワイで行われているプロボウルのようなのんびりムードだったのが、奇跡の瞬間の目撃者になるべく、観衆の緊張感がひしひしと伝わってくる。
 「このラストプレーが劇的なフィナーレとなるのか?」とアナウンサーも興奮状態で、解説者は固唾をのんでプレーを見守る。


 しかし、最後はエンドゾーン右奥に投げられた逆転のTDパスが失敗して、中央ミシガン大の快進撃は終わった。


 試合後、西ケンタッキー大のQBブランドン・ドウティーは「ジェットコースターみたいな試合だった。勝つことができてほっとしている」と安堵の表情を見せた。
 ちなみに35点のリードを奪った時点から、西ケンタッキー大は全く油断していない。ランプレーでたっぷりと時間を使いながら、最善を尽くしている。


 一方、中央ミシガン大のQBラッシュは、「ハドルの中で、点差は気にしないで目の前の1プレーだけに集中しようといい続けた」とコメントしている。
 確かに不必要に慌てることなく、最後まで冷静に攻撃を率いたラッシュと、プレーを遂行し続けた中央ミシガン大のオフェンスメンバーは賞賛に値する。


 「目の前の1プレーに集中する」。誰もが最も大事なことだと分かっているが、雑念が入るのが人間というものなので、実行するのはなかなか難しい。しかし、フィールドの11人、チームの全員が実行すれば、これだけの大きなことが成し遂げられるということを証明してくれた気がする。


 QBラッシュがこの試合で決めた7TDパスは、米カレッジのボウルゲームの歴史上新記録となった。

【写真】49-48と1点差で逃げ切った西ケンタッキー大のRBウォレス(AP=共同)