栗原がNFLへの挑戦を始めたのは2012年の秋。法大のエースWRとして活躍し、09年には関東学生リーグのMVPを受賞した栗原だが、最終学年で足を負傷する。
 パナソニックに入部した後も、けがは一向に回復しなかった。社会人では満足のいく成績が残せず、ストレスのたまる日々が続いていた。しかし、11年に大阪の接骨院で効果的な治療法に出会い、一気にパフォーマンスが戻った。


 「NFLに挑戦するなら今しかない」。学生時代から憧れていたプロフットボールの世界に挑むことを決めた。12年の春シーズンに社会人西日本王者を決めるグリーンボウルでパナソニックを優勝に導き、最優秀選手に輝いた。パナソニックの荒木延祥監督も「今のお前ならいける。頑張ってこい」と栗原を気持ちよく送り出した。


 同年8月にパナソニックを退社。こつこつ貯めていた活動資金を握りしめて渡米した。まず栗原は屋内でプレーする、アリーナフットボールリーグ(AFL)のトライアウトを受けることにした。「中にはすごい選手もいたが、トライアウトのレベルは高くなかった」。そう感じた栗原だが、結果はついてこなかった。


 2013年、資金が底を尽きかけていた時、株式会社ドームからスポンサー契約の話が舞い込む。お金の心配がなくなったことに加えて、充実した設備でトレーニングを行うことができる。NFL挑戦に専念できる環境が整った。
 さらに、ドーム社の関連会社である米国のアンダーアーマー社を通じて、栗原のプレーを編集したビデオを前年のスーパーボウル王者ボルティモア・レーベンズに送った。「一度見てみたいからルーキーキャンプに来てほしい」という回答があった。米国挑戦を始めてから暗闇でもがき続けていた栗原に、一筋の光が差し込んだ。


 ルーキーキャンプについて説明しておく。NFLのチームが通常5月ごろに行うもので①NFLの若手選手②ドラフトで獲得した選手③ドラフト外で契約した選手④トライアウトなどの選考を行い招待した選手を対象に行う、3日間程度のミニキャンプだ。開幕ロースター入りが確定している、ベテランなど主力組は参加しない。つまりNFLのトップレベルの選手はいないが、NFL候補生である米カレッジのトップレベルで活躍した選手が大半を占めるキャンプと言えるだろう。


 このルーキーキャンプで活躍した選手が、夏に行われるトレーニングキャンプでレギュラー組と一緒に練習をすることができる。そして、プレシーズンマッチを経て最終ロースターに残った選手だけが、9月のNFL開幕を迎えることができるのだ。もちろん①~③の選手の中には既にキャンプへの参加が決まっている選手もいる。
 栗原は④の特別枠のような扱いで参加しており、このルーキーキャンプでコーチ陣の目に留まらなければ、キャンプに参加することはできない。


 NFLへの夢をかけた大勝負で、栗原は最高のパフォーマンスを見せる。レーベンズのルーキーキャンプに同行していた、ドーム社の中村和樹さんはこう振り返る。「最初はお客様的な扱いで、順番もほとんど回ってこなかった。しかし、栗原選手はプレーで圧倒することで、自分の存在を強烈にアピールしていた。ルーキーとはいえ、これだけ高いレベルの黒人DB選手を相手に、日本人WRが勝ち続けるというのは衝撃的な光景だった」


 栗原がアピールできた理由がもう一つある。練習とミーティング以外の自由時間や睡眠時間まで削って、プレーブックを読み込んだのだ。英語のコミュニケーションに不安はあったが、プレーを事前に完璧に理解することにより、コーチをはじめとする周囲の信頼を勝ち取った。


 最終日の練習後に栗原の活躍を裏付ける出来事があった。レーベンズのジョン・ハーボーヘッドコーチ(HC)が栗原を呼び寄せたのだ。「タカ、40ヤードのタイムを計りたい。まだ走れるか?」
 3日間とはいえ、離脱者が続出するほどのハードなキャンプだった。だが、NFLチャンピオンのHCが、ストップウォッチを握って待っている。疲労困憊の状況で走ったタイムは4秒5。「かなり、いいね」とハーボーHCは満足そうに笑ったという。

 「最高の調子だった。マンツーマンでは全部勝ったし、結果を楽しみに待ちたい」。帰国後に川崎球場で会った栗原は、自信に満ちあふれていた。
 そして、結果は期待していた通りだった。「タカと契約したい。キャンプに来てほしい」とハーボーHCから直々にドーム社へ連絡があった。「また一歩NFLへ前進した」。その知らせを聞いた時が、栗原にとって今までの人生で一番うれしい瞬間だという。


 このオファーには重要な側面がある。NFLヨーロッパが存在していた時代は、規定人数とは別にNFLのキャンプに参加できる外国人枠が存在していた。だが、現在では米国人選手のいすを奪って、その座をつかみ取らなければならない。
 NFLチームのキャンプに参加するハードルが上がっているのだ。そういう意味で栗原のレーベンズのキャンプへの参加は、米国人と同等の条件でファルコンズと日本人初のルーキー契約を結んだ、WR木下典明以来、二人目の快挙になるはずだった。


 だが、喜びから一週間後にレーベンズから栗原のキャンプへの招集を見送るという連絡が届く。理由はいくつかあるが、栗原が契約に必要なビザを持っていなかったことが最大のネックとなった。
 レーベンズはこれまで外国人選手と契約したことがなく、必要なビザがなければ、かなり煩雑な手続きと費用がかかるとのことだった。つまり、意地悪な言い方をすれば、「実力は認めたが、大きな手間と金をかけて、米国人選手の枠を削ってまで取るほどではない」とチームは判断したということだ。


 ビザという問題に直面した栗原にとって救いとなったのが、大学時代から栗原を支え続けている現在の妻ジャスティーンさん。彼女は日本と米国のハーフだ。栗原が落ち込んでいる時に、「結婚してれば良かったね」と言ってくれた。
 「彼女は最高のパートナー。初めて告白した時から、結婚しようと決めていた」。栗原にとっては遅かれ早かれ不変の決断だった。これで全ての準備が整い、栗原はフィールドに集中した。


 問題を全てクリアして、万全の状態で臨むはずだった今年のレーベンズのルーキーキャンプ。しかし、栗原は渡米前にけがをして、本来のパフォーマンスを発揮できなかった。


 U19日本代表でも栗原を指導した経験がある、IBMの山田晋三HCは彼の挑戦についてこう語る。「昨年の栗原は絶好調でチャンスがあったと思う。本当にもったいない。今年は条件がそろったが、彼のパフォーマンスが落ちてしまった。人生なかなかうまくいかないもの」


 現在27歳の栗原は、来年を最後の挑戦にすると決めている。レーベンズに加えて、当時のコーチ陣が移籍したチームのルーキーキャンプにも参加させてくれるよう打診する予定だ。
 「昨年の絶好調のプレーを見て高い評価をくれたコーチたちであれば、招待してくれる可能性がある」。だが、もしコンディションが整わなければ、一切のチャレンジをしないと言う。栗原は最高の状態でベストのパフォーマンスをしなければ、到底生き残れる世界ではないことを痛感しているからだ。

【写真】NFLへの挑戦を続けているIBMのWR栗原=撮影:Yosei Kozano