「成長した息子たちの姿を見ることができて、こんなにうれしいことはない」。1月3日、オービックと関学大が繰り広げた歴史に残る激闘の余韻がさめやらない東京ドームのフィールド上で、かつての教え子たちと熱い抱擁を交わすデービッド・スタントさんの姿があった。


 ハワイ在住のスタントさんは、オービックの前身であるリクルートで、1990年代にヘッドコーチ(HC)を務め、チームを2度の日本一に導いている。指導するに当たって「フットボールを楽しみなさい」という哲学を貫いてきた。アメリカンフットボールに限らず、日本のスポーツ界では「楽しむ」という言葉に対して違和感がつきまとう。なぜなら「楽しむ」という言葉は、勝利を目指す日々の厳しい鍛錬とは対極の意味に思えるからだ。2000年からオービックを率いている大橋誠HCも、当初はこの考えに全く共感できなかったという。


 ラグビー元日本代表監督の平尾誠二氏は、かつてインタビューでこう述べている。「海外のトッププレーヤーは必ずラグビーを楽しむという感覚を持っている」。平尾氏は楽しむということを、「好きなものを極限まで突きつめたい、究めたいという感覚」と説明している。
 スタントさんは日々の練習から徹底的に勝負にこだわり、厳しい練習そのものを楽しみなさいと説いた。チーム最年長のオービックDB渡辺雄一は言う。「スタントに出会って、フットボールを初めて突きつめて考え、取り組んだ。プレーするのが本当に楽しくなった」


 スタントさんの哲学は確実に受け継がれている。日本選手権でのオービックのラストドライブ。ゴール前1ヤードまで迫ると、全員が迷うことなく、あうんの呼吸で一つのプレーを実行した。QBがボールを持って突っ込む「QBスニーク」。あの状況で全員の意思統一がなされていることに驚かされた。聞くと、残り数秒でゴール前1ヤードという状況を何度となく練習してきたという。アクシデントでプレーは無効になったが、勝つために細部まで徹底的にこだわるオービックの取り組みが垣間見えた場面だった。


 スタントさんがよく口にしていたという「Have fun」という言葉を辞書で引いてみた。そこには、楽しむという言葉とともに「苦労する」という意味が記載されていた。楽をしていては、決して楽しむことはできない。心のもやもやが晴れた思いがした。
 3年連続日本一になった試合後、大橋HCは「この3年間で一番しんどい試合だった」と振り返った。学生王者に苦しめられた大一番は、オービックにとっては最高に「楽しい試合」だったのかもしれない。

【写真】リクルート(現オービック)とIBMでヘッドコーチを務めた、デービッド・スタントさん(左)と妻のローリー・スタントさん=3日、東京ドーム