「11人で一つの家を建てる」。アメリカンフットボールの攻撃を例えた表現だ。WRやRBの華麗な個人技は観衆を魅了するが、フットボールのオフェンスは各選手が自分に与えられた役割を確実に遂行しなければ成功しない。その中でもオフェンスライン(OL)は地味だが、全てのプレーで攻撃の屋台骨を支えている重要なポジションだ。今秋けがから復帰し、日本社会人選手権で最も活躍したラインマンに贈られる「ウォリアーズアワード」を受賞したのが、Xリーグ鹿島のOL井澤健だ。


 ▽運動嫌い
 東京都墨田区向島。現在は東京スカイツリーを望むことができる下町で井澤は育った。体は大きかったが運動が苦手で、体育の授業が嫌でたまらなかった。小学校3年時には、肥満を解消するために親元を離れて、千葉の施設で1年間過ごした。中学に入ると大きな体を生かそうと柔道を始めたが、身は入らなかった。
 埼玉にある花咲徳栄高校の食物科へ進学した。調理師免許を取得するのが漠然とした将来の目標だった。声を掛けられて、たまたま入部したアメリカンフットボール部が、井澤の運命を大きく変える。体重は当時すでに100キロを超えていたが、70キロの同級生にはじき飛ばされた。真剣に運動をしたことのなかった井澤が初めて本気になった。


 ▽ショットガンの導入
 日体大と鹿島で、攻撃ラインの中心選手として活躍している。両チームに共通していたのが「ゾーン」と呼ばれる強力なOLのブロックを生かしたランプレーを攻撃の軸にしていることだ。「ごりごりと地道に相手を押していくのが自分の性に合っている」という通り、鹿島の看板ラインとして2005年からは5年連続でリーグのベストメンバーに選出された。昨年、関学大からQB加藤翔平が入ると、ショットガン体型からのパスを中心とした攻撃に変化した。今季は伝統のランプレーも復活したが、あまり得意ではないパスプロテクションを担う割合は多い。井澤は「QBの加藤と山城は自分たちが絶対に守らなければならない存在」と使命感にあふれる。


 ▽同じことを続ける厳しさ
 鹿島の森清之ヘッドコーチ(HC)は井澤の特徴についてこう語る。「どのようなコンディションでも必ず一定のレベルでプレーしてくれる。コーチにとってこれほど頼もしい存在はいない」。井澤は昨年の春に足首を骨折するという大けがをした。07年以降は、膝に何度もメスを入れて満身創痍(そうい)の状態だ。それでも朝倉全紀ストレングスコーチと相談して、負担のかからない最善のプレースタイルを模索し続けている。


 ▽業務との両立
 1980年代のバブル経済最盛期。銀行などフットボールに投資する企業は後を断たなかったが、景気の悪化に伴い、波が引くように撤退していった。鹿島の森HCは、「企業の経営資源」になることが理想と企業チームのあり方を語る。「多少の景気の変動に左右されずに活動を継続するためには、各選手が職場の人たちに信頼され、必要とされなければならない」
 井澤は東京・赤坂にある鹿島本社の営業本部に所属し、官公庁などを担当している。営業部副部長の椎野克自さんは彼をこう評価する。「仕事量は一番多いが、文句一つ言わずにきっちりとやる。頼りになる存在であり、みんなが彼を応援したくなる」。17日に東京ドームで行われた日本社会人選手権では、ライバルのオービックに3点差で敗れた。捲土重来を誓うチームにとって、井澤はなんとも頼もしい存在だ。

【写真】社会人選手権で「ウォリアーズアワード」を受賞した鹿島のOL井澤=17日、東京ドーム、撮影:Yosei Kozano