7月21日、1980年代中盤の日大の黄金期を支えたDB山田幸広さんをしのぶ会が、東京・銀座のレストランで開かれた。50歳の若さで亡くなった山田さんをしのぶ会には、日大の同期だけにとどまらず、甲子園ボウルで「赤と青」の名勝負を繰り広げた関学大のOBからも故人を悼むメッセージが届いた。その席で日本選手権の最優秀選手を学生、社会人の両方で受賞した名QB松岡秀樹は、日大とレナウンでコンビを組んだセンター(C)で主将だった尾寺忠に20年ぶりに現役に復帰する意思を伝えた。「おれがやるからにはCはお前しかいない」。32歳で現役を退いてからほとんど体を動かしていなかった尾寺だが、相棒の熱い気持ちをすぐに受けいれた。


 翌22日早朝、東京・東伏見にある早大グラウンドには、スナップの感触を確かめる2人の姿があった。「よし、いける。20年前と何も変わっていない」。アーモンド形のボールを通じた2人の会話が再び始まった。所属する「UNDER59ers」の練習は毎週日曜日の早朝7時から開始だが、往年の名プレーヤーたちは30分以上前には自然とグラウンドに集まっていた。「一度やり始めたらみんな本気になった」と、お互いの立場や事情を考慮した上で、グラウンドに来た時は精いっぱい練習した。


 12月9日、江戸川陸上競技場で「TokyoYANCHARS」と対戦した「アウトリーチボウル」が、2人のシニアフットボールデビューとなった。フル装備でフィールドに立った松岡は、年齢を全く感じさせない堂々のクオーターバッキングを披露した。前半は得意のロングパスが決まり、ゴール前まで攻め込む場面もあったが、後半は相手の守備が奮起して松岡が4インターセプトを喫し、0―14で敗れた。


 試合後、最も印象に残った選手に贈られるMIPを受賞した松岡は「なんでおれなの」とつぶやき、笑顔はなかった。「4インターセプトをくらったのは人生で初めて。(WRが)空いているのが分かっているのに、投げられなかった。来年はもっとすごくなっている予定なので、期待してほしい」と、闘志を燃やしていた。一方の尾寺は、「あんな松岡は初めて見た。このままじゃ彼は伝説になれない」と、自分のことのように悔しがった。くしくも2人は最後に同じ言葉を口にした。「次は負けない」。シニアフットボールの競技としての可能性を考える上でも、59ersの次戦に注目してみたい。

※写真提供:松岡秀樹、尾寺忠、小座野容斉

【写真】シニアフットボールで20年ぶりに現役に復帰したU59ersのQB松岡=9日、江戸川陸上競技場、撮影:Yosei Kozano