10月8日に川崎球場で行われた全国高校アメリカンフットボール選手権の神奈川県大会決勝は、法政二高が21-14で慶応高を破り、4年ぶり22度目の優勝を果たした。春季大会の初戦敗退から名門校が奇跡の復活を果たすまでの過程には、チームを変えた2人のOBの存在があった。


 ▽法政伝統のオプション攻撃
 クオーターバックが守備選手の動きを見て、自分で走るかRBにボールを渡すか判断するプレーをオプション攻撃という。パスが投げやすいショットガン隊形の攻撃が主流となる中で、この攻撃スタイルを導入しているチームは少ない。野球に例えるならば、ひたすら直球を磨いて、その球威や制球力だけで勝負するようなものだ。オレンジをチームカラーとする法政二高と兄貴分の法大は、1990年代にこのオプション攻撃で日本のフットボール界を席巻し、一時代を築いた。
 今季、新たに就任した室賀康広監督は、伝統のオプション攻撃を復活させるべく、法政二高OBの木目田康太さんと田中元浩さんをコーチに迎えた。


 ▽変わり果てていた母校
 法政二高は伝統的に大学生のコーチが主体となって、日々の練習を行っている。当初、木目田さんと田中さんはできるかぎり練習を学生コーチに任せて、技術的な指導をするアドバイザーとしての役割に徹するつもりだった。だが、過去3度の全国制覇を果たしている名門チームはすっかり様変わりしていた。全力でダッシュしない。テスト前になると練習を休む。それらを注意しない学生コーチたち。母校の惨状を目にした2人はこうふり返る。「まるでサークル活動のような状態だった。怒りを通り越して悲しかった」。2人は本気でチームを変えることを決意する。


 ▽初戦敗退からのチーム再建
 横浜南陵高校は20人足らずの部員数ながら、学生時代に日大で日本一を経験している松岡輝茂コーチが率いる好チームだ。春季神奈川県大会、法政二高は初戦となった3回戦でこの県立の雄に敗れる。チームの関係者にとっては少なからずショックな出来事であったが、一部の幹部を除いて法政二高の選手たちに危機感はなかった。
 2人はグラウンドでの練習を止めて、選手や学生コーチたちに徹底的にミーティングをするように命じた。この時繰り返し行ったミーティングを経て、チームは日本一を目指す戦う集団へと少しずつ生まれ変わっていく。その後、ハードな練習についてこられない2年生、14人がチームを去った。夏合宿の壮絶な練習ではけが人が続出した。それでも「やる気のある部員だけで戦うしかない」と高橋悟主将はチームをまとめた。


 ▽大学生コーチの意識改革
 9月初旬にこのチームの取材を始めてから、田中さんと木目田さんが厳しくチームを指導する姿をほとんど目にしていない。なぜなら、彼らが言う前に学生コーチたちが厳しく注意をするようになったからだ。DBコーチの荻野隼斗さんは、ライバルの慶応高に3年間一度も勝てなかったことが悔しくて、高校のコーチになったそうだ。「初心を思い出して、まず自分から変わろうと思った」という言葉通り、常に真剣に練習に臨んでいた。


 ▽日本一に向けて
 神奈川県大会の決勝は、予想どおりの激戦となった。準決勝まではおもしろいように決まっていた法政の攻撃に対して、慶応はしっかりアジャストしてきた。しかし、最後に勝負を決めたのは、やはりチーム再建からずっと磨きをかけてきた伝統のオプション攻撃だった。木目田さんと田中さんは口をそろえる。「最新の攻撃を教えることはできない。僕らにとってのフットボールはオプションが全て。」この熱い思いは確実に後輩たちに受け継がれ始めている。初戦敗退から日本一のチームへ。原点に立ち返り、息を吹き返したオレンジ軍団から目が離せない。

【写真】試合前に士気を高める法政二高の選手たち=神奈川県大会決勝、8日、川崎球場、撮影 Yosei Kozano