「フラッグフットボールが学校で普及すれば、いじめも無くなると思いますよ」。日本フラッグフットボール協会・事務局長の佐藤壮二郎さん(33)は、真剣な表情でこう言いながら、フラッグフットボールの魅力、今後の普及活動の中長期的な目標などをよどみなく説明していく。豊富な情報と論理性に裏打ちされたプレゼンテーション能力の高さに触れると、元IT商社の営業マンという経歴がうなずける。アメリカンフットボールのエッセンスはそのままに、危険なタックルの代わりに腰に付けたフラッグを奪うのがフラッグフットボールだ。2011年からは小学校の学習指導要領に盛り込まれ、全国的な広がりを見せている。

 
▽フラッグフットボールとの出会い
 佐藤さんは、子どものころからスポーツがとても好きだったという。しかし、部活動のハードな練習についていくことができず、大学を卒業するまで文化系の活動を中心に学生時代を過ごした。商社に就職し仕事も順調だったが、目の前の人ともメールでやりとりするような風潮に違和感を覚え、いずれはもっと人間味のある仕事がしたいとの思いを早くから持っていたそうだ。
 転機が訪れたのは05年。東京で開催された米プロフットボールNFLのプレシーズンマッチを観戦した時だ。ハーフタイムにデモンストレーションとして実施されたフラッグフットボールに目を奪われた。それぞれの適性に合ったポジションがあり、フラッグフットボールに大きな可能性を感じた佐藤さんは、1週間後にはNFLジャパンにサービスの改善、ファン拡大を提案していた。町田光NFLジャパン代表取締役からは、すぐに会って話がしたいという返事が来た。
 

▽協会の立ち上げ
 フラッグフットボールという競技を普及するにあたって、佐藤さんは活動の場を小学校に集中するべきだと考えた。運動のできる子もできない子も、男女も一同に集まる小学校体育の環境こそが、最もこの球技の特性を生かせると考えたからだ。学校現場を回って、先生や子どもたちにヒアリングし、この球技の素晴らしさと有効性を再確認した。そして2011年から正式に学習指導要領への記述が決まった。
 同時に商社を退社。NFLジャパンの業務委託というかたちで、1人で日本フラッグフットボール協会の立ち上げの準備を進めた。当時既に結婚していた佐藤さんの妻の絹代さんは、当時をこうふり返る。「不安は全くありませんでした。夫は完璧な人間ではないけれど、昔から信念を持ってやると決めたことは、どんなに苦労しても必ずやり遂げてきました。フラッグフットボールについても、一つ一つ目標が実現されていくのを一番近くで見ていたので、いよいよだね、という感じでした」
 学習指導要領への導入が決まったことで、教育委員会や各地区の体育主任らから問い合わせが相次いだ。当然、スポーツの指導経験がない佐藤さんは、筑波大、日体大、早大などの専門家に教えを乞い、指導案や評価基準などを一から確立していった。
 

▽全国的な普及に向けて
 10年に協会を法人化した。このころには佐藤さんの志とフラッグの魅力に共鳴した十数人のユニットが形成されていた。評議員で五輪マラソンメダリストの有森裕子さんも、必要があればいつでも子どもたちにメッセージを届けると、協力を申し出ているという。
 普及させるにはまず用具を提供しなければならないと考えた佐藤さんの動きは早かった。江崎グリコとパートナー契約に合意。用具についても仕入れ先と事業の意義や目的を共有し、価格交渉を続けた。そして、日本全国200校に無料でボールやフラッグなどの用具を配布した。今年度は協会の収入の半分以上をこの事業に費やし、700校に無料で配る予定だ。ほぼ全ての都道府県から、膨大な応募が寄せられているという。佐藤さんは言う。「財団法人がわずかなお金を貯め込んでも意味がない。まず配れるだけ配って、後のことはそれから考えます」
 順調にきているようにも見えるが、苦労も多い。中でもアメリカンフットボール関係者との接点が増えていく中で、「若い」「フットボール経験が無い」という理由で提案を真剣に聞いてもらえないこともしばしばだったという。佐藤さんが未経験だと伝えてあっても、競技歴やポジションを尋ねてくる人もいたそうだ。小学生が親しみやすいようにと、佐藤さんが考案したカラフルなフラッグボールに対しても、ボールは茶色にすべきとの意見が大多数で、関係者に理解を求めるのは大変だったという。
 

▽基金の設立に向けて
 近い将来、佐藤さんの構想にあるのはフットボール基金の設立だ。全国の学校への無料配布も企業協賛だけでは配布する数に限界がある。フットボールにお世話になった人、愛する人たちが少しずつお金を出し合って、1校でも多くの学校に用具や教材を配布できればという。
 「サッカーでは1回もボールが回ってこない子どもが、大はしゃぎでフラッグをプレーしています」という担任の先生のコメントや、「体育の授業で初めて活躍できた」という子どもたちの声が全国から毎日のように届くという。それらを見る度に、自分たちがやっていることが社会の役に立っていると実感できるそうだ。「自分が子どものころにフラッグフットボールがあれば、どんなに楽しかったことか。1人でも多くの人にフラッグフットボールの素晴らしさを知ってもらいたいんです」。佐藤さんの精力的な活動は、そうした思いに支えられている。

【写真】佐藤さんが考案したカラフルなボール