今シーズンのアメリカンフットボール、社会人Xリーグは、8月30日に東京ドームで行われる富士通―IBMのIT対決で幕を開ける。この試合の見どころは、IBMの新人クオーターバック(QB)ケビン・クラフト率いるオフェンス対富士通ディフェンスの一点に集約される。開幕戦に向けて士気が高まる両チームを取材した。

 ▽クラフトという存在
 8月5日、千葉県八千代台にあるIBMグラウンドに向かった。目的は今夏米国で開催されたU―19ワールドカップ(W杯)についての山田晋三ヘッドコーチ(以下HC)のインタビュー。この時点で特にIBMというチームに関心はなかった。
 グラウンドに入ると一瞬にして1人の圧倒的な存在に目を奪われた。新人QBケビン・クラフト(26)だ。UCLA出身という肩書、193センチ、95キロの体格がそう感じさせた要因の一つであることは否定しない。だが、それらを差し引いても迫力が違う。その理由が分かったのは、2週間後にあらためて彼を取材した時だった。プロコーチである父の下、幼少のころからフットボールに接してきた。フットボールに対する考え方、コーチの視点、QBの役割やあるべき姿。それらを徹底的にたたき込まれ、日本では考えられないような時間をフットボールと共に過ごしてきたそうだ。「パスがうまいとかそんなレベルじゃない」。山田HCの言う通り、技術的なことはもちろん、ハドル(作戦会議)での態度、味方を鼓舞する姿まで、フィールド上での立ち居振る舞い全てが、まるでQBの教科書だ。
 富士通の印象について聞くと、「全てのポジションに素晴らしい選手がいる。自分はベストを尽くすだけ。」と謙虚な答えが返ってきたが、ある程度手応えをつかんでいることがうかがえた。それを裏付けてくれたのが日本代表の新人RB末吉智一だ。「最初はオーディブル(作戦変更)も全て英語なので戸惑ったが、今ではオフェンスのリズムがかなり合ってきた。富士通戦はチャンスがあると思う」と、格上の相手に闘志を燃やす。
 ▽真価が問われる富士通ディフェンス
 「IBM用の特別なパッケージ(作戦)は用意していないよ」。富士通の延原典和ディフェンスコーディネーター(以下DC)は淡々と言った。通常、アメリカンフットボールでは相手の攻撃や守備をデータに基づいて分析し、対抗するための最良の作戦を事前に用意する。だが、今回はIBMがクラフト中心の新しいオフェンスを展開してくることが予想されるため、対策が立てられないのだ。試合を演劇に例えるなら、せりふを暗記し、役作りも万端で臨むIBMオフェンスに対して、富士通ディフェンスは喜劇か悲劇かも分からないまま舞台に上がり、アドリブでの演技を求められる。分かっているのはIBMの主演がクラフトであるということくらいか。「ある程度は相手の出方を見ながら、試合中にアジャストすることになると思う」と、延原DCはあらゆる状況を想定する。
 若手が多い富士通ディフェンスの中にあって、ひときわ頼もしい存在がいる。ディフェンスバック(DB)の植木大輔だ。米国のアリーナフットボールでのプレー経験もある植木はこう語る。「米国時代のクラフトの映像を見て、必要以上に彼を意識してしまっている若手もいるが、自ら虚像を作ってはいけない。今まで練習でやってきた基本的なことをきっちりやれば、必ず対応できる」。ベンチワークも含めた富士通の対応力が試される。
 ▽新たな歴史が幕を開けるか
 勝敗の行方だが、「総合的な戦力では富士通の方がかなり勝っている」とIBMの山田HCも認めている通り、富士通の優位は動かない。筆者が練習を見た時点では、クラフトとワイドレシーバー(WR)のタイミングはまだそれほど合っていなかった。日本代表の小川道洋 (WR)、末吉頼みで攻めが単調になるようだと厳しい。逆にミドルゾーン、ディープゾーンにパスを通して、富士通のディフェンスに的を絞らせないようにすれば、IBMにも勝機が見えてくる。本場米国の1部校出身の本格派QBが、初めて日本でプレーするという、歴史的な試合だ。
 

【写真】IBM期待の新人QB、ケビン・クラフト=8月18日、IBMグラウンド