米プロフットボールNFLの今年のドラフトは、4月27~29日にかけて、ペンシルベニア州フィラデルフィアで開催される。
 今年の全体1位指名権は、昨シーズン1勝15敗だったクリーブランド・ブラウンズが持っている。低迷を続けるブラウンズは、数年前に映画「ドラフトデイ」でも描かれたようにドラフト上位指名の常連のようだが、意外にも全体1位指名権は2000年以来17年ぶりとなる。


 そのブラウンズの指名が最有力視されているのが、テキサス農工大のDEマイルズ・ギャレットだ。


 1995年12月にテキサス州アーリントンで生まれたギャレットは、フットボールだけでなく、バスケットボールと陸上の投てき競技でも活躍した一流のアスリートだった。
 大学に進学する際は、最高の「五つ星」ランクの評価を受け、全米の高校生の全ポジション中2位、ディフェンスではトップ選手として2014年にテキサス農工大に進学した。


 同大が属するサウスイースタンカンファレンス(SEC)の西地区には、「横綱」アラバマ大を筆頭にオーバーン大、ルイジアナ工科大、アーカンソー大など強豪校がひしめいている。全米で最もレベルが高い地区と言っていい。


 ギャレットはこの激戦区で、レッドシャツ(練習生)期間を経ることなく、18歳だった1年生の開幕からスターターとして出場、このシーズンは11QBサック、49タックルを記録、2年時には11・5サック、57タックルと猛威を振るった。


 3年時には左脚を負傷して3試合を欠場、サードダウンでサイドラインに下がるなど、出場機会が大きく減ったが、それでも8・5サックを決めた。
 AP通信をはじめ、ほとんどのメディアが彼をオールアメリカンのファーストチームに選出した。


 ギャレットはこの3月上旬、再び注目を集めた。インディアナ州インディアナポリスで開催されたスカウティングコンバインで、鍛え抜かれた身体能力を示した。
 ポジション別で40ヤードダッシュ5位、垂直跳び2位、立ち幅跳び1位、225ポンド(102キロ)ベンチプレスで2位という成績だったのだ。


 現在のカレッジフットボールでは、DEというポジションにはエッジラッシャーとして、LBと変わらない体格とスピードの選手が多く集まる。
 その中で190センチ台半ばで、120キロを超える大型のギャレットが、特に走力と跳躍力で残した結果は驚異的だった。


 フィールドでもウエートルームでも、他を圧倒し支配する存在、まさに全体1位指名にふさわしい選手なのかもしれない。
 だが、そんなギャレットを見ていて、私が思い出す一人の元選手がいる。DEコートニー・ブラウン。17年前のドラフトでブラウンズが全体1位指名して、チームの主柱として期待した選手だ。


 当時、ブラウンへの評価と期待は今のギャレット以上だったのではないか。ビッグテンカンファレンスの名門ペンシルベニア州立大で2年生から先発DEとしてプレー、通算33サックを記録した「モンスター」だった。


 すでにコーチ歴50年を超えていたカレッジフットボール屈指の名将、ペンシルベニア州立大のヘッドコーチ(HC)ジョー・パターノ氏(2012年死去)は「教え子も含め、私が見てきたディフェンスの中で最高の選手」と断言した。
 米メディアの中には、NFL最高のDEブルース・スミス(元ビルズ)の再来という評価さえあった。スミスもバージニア工科大のDEとして1985年の全体1位指名選手だった。


 今比較すると、ギャレットと17年前のブラウンは体格、運動能力、選手としての実績などが、とても似通っている。


 ギャレットのドラフト前の測定値は、身長6フィート4インチと1/2(194.3センチ)、体重272ポンド(123.5キロ)、40ヤードダッシュ4秒64、垂直跳び41インチ(104センチ)、102キロのベンチプレス33回。
 ブラウンは、身長6フィート4インチと7/8(195.2センチ)、 体重271ポンド(123キロ)、40ヤードダッシュ4秒52、垂直跳び37インチ(94センチ)、102キロのベンチプレス26回。


 ともに強豪がひしめくカンファレンスの名門校で、下級生から先発の座をつかみ実働も同じ3シーズン。ギャレットは31サック46ロスタックル、ブラウンは33サック70ロスタックルを記録した。


 ギャレットは2015年のミシシッピ大戦で、大学初となるインターセプトを決めた。相手QBチャド・ケリー(元ビルズの名QBジム・ケリー氏の甥)のパスを、至近距離でバスケットボールのデイフェンスのようにジャンプしてカットするとその浮き球を自分で奪い取る、圧巻の運動能力を見せた。
 ブラウンも同じようなプレーがあった。1999年のパーデュー大との一戦で、右から猛然とラッシュしてQBドルー・ブリーズ(現セインツ)のパスをカットするとそのままインターセプトしてリターンTDを決めていた。


 ギャレットは、2年生だった2015年に「ネガティブな書き込みが多く、自分にとっては重要でない」とツイッターなど、ソーシャルネットワークサービス(SNS)での情報発信をやめた。
 ブラウンは敬けんなクリスチャンで、大学時代の成績はGPA3・40という優秀な学生だった。昔気質で生真面目なところもどこか似ている。


 2000年のNFLデビューシーズン、ブラウンは第3週のスティーラーズ戦で早くも能力の片りんを見せた。スティラーズのQBケント・グラハムに3サックを浴びせたのだ。
 ブラウンズは攻撃でも、前年ドラフト全体1位QBティム・カウチがパスで300ヤード2TDを奪う活躍で、スティーラーズに快勝した。


 ブラウンは筆者の贔屓チームスティーラーズの名選手だったDT「ミーン」ジョー・グリーンに、カウチはQBテリー・ブラッドショーに重なった。
 グリーンもブラッドショーもドラフト1巡指名選手で、1970年代の黄金期を作り上げた男たちだった。宿敵の好守ドラフト1位選手の活躍に、スティーラーズファンとしては、これからの10年に暗澹たる思いを抱いた。


 しかし、それはスティーラーズファンにとっては杞憂だった。1年目に69タックル4・5サックと活躍したブラウンだったが、2年目以降は不運が続いた。
 脚部の手術などで満足に試合に出られず、年々存在感が薄くなっていった。カウチも負傷が選手生命を縮めた。


 久しぶりにブラウンを見たのは2006年1月のAFCチャンピオンシップだったと思う。デンバー・ブロンコスに移籍していたブラウンはDLとしてゲームに出場していたが、プレーぶりはほとんど記憶がない。
 若きエースQBベン・ロスリスバーガーを擁したスティーラーズはブロンコスに快勝し、そのままスーパーボウルに出場、26年ぶりの栄冠をつかんだ。
 ブラウンがAFCチャンピオンシップを最後に引退したのは、その後に知った。


 ファンやメディアはドラフト高順位入団ながら期待外れに終わった選手を「バスト」と表現する。ブラウンもその一人に入るだろう。
 ペンシルベニア州立大時代、下半身の負傷はほとんどなかったというブラウンが、NFLでは脚のけがに泣き続けた。運もけがも実力のうちかもしれない。しかし、本人だけにその責任があるとも思えない。


 ギャレットはどのような競技人生を送るのだろうか。

【写真】3月30日、テキサス農工大のワークアウト「プロデイ」で40ヤード走を計測するDEマイルズ・ギャレット(AP=共同)