野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が盛り上がっている。事前に日本ハムファイターズの大谷翔平選手が参加を辞退するなど、波乱含みだった日本代表「侍ジャパン」が快進撃を見せている。
 この原稿も、キューバと日本の一歩も譲らない攻防を見ながら書いている。


 第2ラウンド初戦となった3月12日のオランダ戦は、本当に手に汗を握るゲームだった。翌日は仕事がある人も多いであろう、日曜日の深夜まで、テレビ観戦で多くの人たちが夢中となり、舞台となった東京ドームは、終電に間に合わなくなるのではないかという時間まで活気にあふれた。

 
 米国に「マンデーモーニングクオーターバック」という言葉がある。土曜日のカレッジフットボール、日曜日のNFLの試合を見た後で、月曜の朝に「オレがQBだったなら」などと話をするファンを指したもので、転じて、素人が物事の結果が出てから好き勝手なことを言い合う後知恵を揶揄した俗語だ。


 しかし、見方を変えればそのスポーツがどれだけその国の文化や生活の中に溶け込んでいるかを示しているともいえる。
 米国といえども、アメリカンフットボールのプレー経験が実際にある人は限られる。プレー経験のない大の大人たちが、ああでもないこうでもないと口角泡を飛ばす。ある意味とても大事なことだと思う。


 WBCの日本対オランダ戦の翌日の月曜日には、大活躍をした中田選手や、9回裏にいったんは同点とされた日本の継投策について、朝の食卓で、職場で、学校で、飲み会の席で熱く語り合う人たちが日本中にいたことだろう。


 アメリカでスポーツビジネスに携わる知人と言葉を交わす機会があった。彼は、今回所用で日本へ帰ってきており、日曜日の日本対オランダ戦を東京ドームでライブ観戦していた。
 昨年末にも日本に滞在し、ジャパンXボウルを現場で観戦している。そして「あまりの違いに、思わず考え込んだ」という。違うスポーツとはいえ、競技レベルの差だけでなく、すべてにおいてイベントとして差がありすぎるという。


 私も同感だ。ジャパンXボウルも観客は2万5000人を超え、1階席はほぼ満員だった。見た目の観客数は変わらない。
 だが、その観客の中でどれだけの人がフットボールを理解し、楽しんだのだろうか。どれだけの人が翌日、試合内容について、職場で、家庭で、学校で熱く語りあったのだろうか。もっと言えば、どれだけの人が身銭を切って観戦に来ていたのだろうか。


 私はさらにあることを思いだした。ジャパンXボウルの試合当日、東京ドームのカメラは試合そっちのけで、観客席のファンをセンタースコアボード横のスクリーンに写し、場内を沸かせていた。
 ドームでフットボールの試合をやる際のおきまりの「ファンサービス」だ。


 ただ、試合中悪のりが始まった。ある外国人と見られる男女2人連れを写した際に、二人がキスをしたのだ。
 それ以降、カメラは次から次へカップルを探し、キスをするように字幕やハート型のフレームで求めた。ウケを狙ってか、キスをするカップルも多く、場内は盛り上がった。そしてその盛り上がりと、フィールドで繰り広げられていたプレーの間には、まったくつながりがなかった。


 ボウルゲームはお祭りで、初めての観戦者も多いのだからの、目くじらを立てるような事柄ではないかもしれない。
 ただ、日本に本当にフットボールが根付いていたら、日本のトップリーグの王者を決める戦いの中で、決して起きない状況だったと言っておきたい。


 知人はライスボウルなどの日本のボウルゲームは「田舎のお祭り」だという。「『俺たちの祭り、こんなに頑張っているぜ』と見せられても、本場の祭りを知る人間からすれば、お話しにならない」
 厳しい言葉のようだが、私も米のボウルゲームの中継映像を見る度に同じようなことを感じる。現場で生で見ていないだけに、その落差が本当のところは体感として分からない。


 ライスボウルをどうするか。日本のフットボールの大きなテーマになってきている。基本的に、社会人代表と学生代表との実力差が議論の発端だろう。
 しかし、日本のアメリカンフットボールが「田舎のお祭り」で自己完結してしまわないためにはどうすればいいのか。野球のように、世界とつながっていくためにはどうしたらいいのか。そういう視点からの議論も必要だろう。


 ライスボウルでフィールドに引かれた「グリッドアイアン」の白線の跡がかすかに残る東京ドームからの映像を見ながらそんなことを考えている。

【写真】2万5000人を超す観衆が集まった昨年のジャパンXボウル=撮影:Yosei Kozano