今年の春も、米国から明るいニュースが届いた。NFLのチアリーダーに日本から挑戦していた女性たちの合格の知らせだ。
 ここ2年はNFL全体で日本人チアが10人に達していたが、今年は社会人アメリカンフットボールのXリーグ所属チアから3人がルーキーとして合格した。


 近年さまざまなスポーツの応援にチアが取り入れられ、元サンフランシスコ49ersの佐竹美帆さんや元デンバー・ブロンコスの西村樹里さんのように、アメフットチアを日本でまったく経験せずにNFLチアになるケースも増えている。
 そんな中、Xリーグから新人だけで3人の挑戦が実ったのは、大きなニュースと言っていい。


 今回新たに合格した3人は、ニューヨーク・ジェッツの伊藤奈美さん(元鹿島・LIXILディアーズ、アズワン・ブラックイーグルス)、インディアナポリス・コルツの柴野由佳さん(エレコム神戸ファイニーズ)、ワシントン・レッドスキンズの橋詰あずささん(IBMビッグブルー)だ。


 今回、橋詰さんに会って話を聞くことができた。橋詰さんは1986年に東京で生まれた。幼少時からクラシックバレーを始め、15歳で米マサチューセッツ州の芸術学校に1年間留学し、ダンスやバレーを学んだ。
 学校はNFLのニューイングランド・ペイトリオッツの本拠地ジレットスタジアムからほど近い場所にあり、2001年はトム・ブレイディが先発QBとなってスーパーボウルに初優勝した年だが、当時はアメフットに関心がなく「全然知りませんでした」という。


 東京の私立高校を卒業後、カナダの首都、オタワにあるカールトン大学で4年間学び、帰国後に三菱電機に入社した。電子機器用デバイスの国内、海外営業として働いてきた。


 チアの世界に入ったのは12年。26歳と、かなり遅い。当時「ダンスはもともとすごく好きで、ずっと続けていました。会社の仕事も3年目で、落ち着いてきた状況で、なにか自分にできることはないかな」と考えていた。
 Xリーグのチームのホームページを見て、「皆輝いている」と感じたそうだ。そしてIBMのトライアウトを受け合格した。


 NFLチアの世界は、13~15年まで3年連続で49ersチアとして活動した、元IBMチアの勝呂美香さんに会って知った。
 勝呂さんは、12年の春に49ersを受けて、ファイナルまで進みながら受からずにIBMに戻って来た。ミーティングで「NFLチアを目指している。来年こそ行く」という勝呂さんの自己紹介を聞き、そういう世界があることを認識した。とはいえ、自分もという気持ちになったわけではない。


 転機は、14年12月だった。IBMチア3年目、高いダンスの技術とフレンドリーな性格でチームに溶け込んだ橋詰さんは、キャプテンになっていた。
 ビッグブルーはQBケビン・クラフトのパスを中心とするハイスコアオフェンスで、日本社会人選手権「ジャパンXボウル」に進出した。大きなボウルゲームは初めての体験だった。
 富士通フロンティアーズとの「IT対決」としても話題を呼び、2万5000人の観客が詰めかけた。「東京ドームの3階席まで入った、大勢の観客の前で踊ることができたのは、本当に感動しました」と振り返る。


 さらにその2週間後、橋詰さんは渡米して49ersの本拠地最終戦をスタンドで見た。勝呂さんのパフォーマンスを見るのが目的だった。
 49ersは既にプレーオフ進出の可能性はなく、ヘッドコーチのジム・ハーボウがミシガン大ヘッドコーチへの転職を発表した後だったが、「スタンドを埋めた満員のファンの盛り上がりはすごかった」。そして自身もNFLチアを目指すことを決意したという。


 思い立ってすぐに実現できる夢ではない。報酬が低いNFLチアとして日本人が活動するためには、経済的な基盤も含めさまざまな準備が必要だ。
 昨年は、自他のレベルを見定める目的もあって、アトランタ・ファルコンズチアのオーディションを受験しファイナルまで進んだ。


 今季は3チームを受験する予定で、長期の休暇を取って3月に渡米した。そして最初に受けたレッドスキンズのオーディションで合格した。
 新人約150人が受けた4月2日のトライアウトから9日の最終選考まで、4回の選考をクリアした。


 最も大変だったのは3次選考の時だそうだ。2回の選考で3分の1まで絞り込まれた新人に、去年まで在籍していたベテラン20数人も合流した。しかも、前年のレッドスキンズチアは40人だったのが、今季は32人に絞り込むことになっていた。


 「ダンスの長めの振付を3種類示されました。最終選考で踊るので、しっかり習得するように言われました」。録画も曲の録音もできず、自分がその場で覚えるしかない。英語が堪能な橋詰さんは、コミュニケーションでは問題はなかったが、プレッシャーを感じたという。
 それでも「とにかく、自信を持つようにしていました。メンタルの部分だけは自分で盛り上げていました」という。


 4月9日の最終選考は、課題の振付を使った80人によるショー形式で、一般のファンに有料公開して行われた。
 ショーの最後は、合格者の発表で、ステージ上で一人ずつ名前を呼ばれた。午後9時を回っており、橋詰さんにとってはとても長い一日だった。
 ベテランが26人、ルーキーが8人(うち2人は補欠合格者)だった。新人としては競争倍率25倍の狭き門だった。


 橋詰さんは5月11日に再び渡米して、チームの練習に合流する。「大変ですが、今までの人生でも、自分のやりたいと思うことはすべてやってきました。後悔がないようにやりたい」と抱負を語る笑顔は、輝いて見えた。

【写真】いつも笑顔を絶やさない橋詰あずささん=撮影:Yosei Kozano