ファインダーの中で高田鉄男が笑っていた。12月14日のジャパンXボウル(東京ドーム)、富士通フロンティアーズ―パナソニック・インパルスの最終盤だった。
 パナソニックは既にタイムアウトを使い切っていて、富士通の選手の負傷によるタイムアウトだった。第4クオーター、13分30秒を過ぎ、16―21と5点差で負けていた。サードダウン7ヤード、ゴールまで15ヤード。7年ぶりの王座奪還には、タッチダウン(TD)を奪うしかなかった。


 パナソニックは直前のプレーで、この試合何度も見せていたOL淺野匡洋をブロッカーに入れたランを選択した。
 しかし富士通ディフェンスの反応が早く、本来の穴はつぶされ、横に流れたRB須賀大瑛はほとんどゲインできなかった。極限のプレッシャーの中で、QBの高田は歯を見せて笑っていた。つられるようにして、荒木延祥監督も笑みを見せた。


 タイムアウトが明け、パナソニックオフェンスは、この試合こだわってきたランプレーではなく、ノーバック5レシーバーのショットガン隊形を選んだ。昨年の富士通戦でも見せた、早いタイミングのパスを決められる隊形だ。
 そしてショットガンは立命大時代からの高田の十八番だった。ボールがスナップされ、短いスラントコースに走り込んだWR小山泰史に高田がパスをヒットした。すかさず富士通のディフェンスが二人がかりでタックルする。「短い」と思ったが、TE並に頑健な体格の小山がセカンドエフォート、エンドゾーンまで体を伸ばした。逆転TDだ。


 1点のリードとなったパナソニックはトライフォーポイントで、当然2ポイントコンバージョンを選択した。高田は右にロール、パスのフェイクを入れながら走った。これも大学時代から得意だったラン、パスのオプションプレーだ。
 Xリーグ随一の反応速度を持つ富士通ディフェンスもまったくついていけなかった。高田はエンドゾーンを走り抜けた。24―21。パナソニックがXリーグの「無敵艦隊」富士通を突き放した瞬間だった。
 高田は大回りして、満員のパナソニック応援席に大きく手を振りながら、サイドラインに戻っていった。試合を決めた大一番のビッグプレーを心から楽しんでいた。


 ゲーム後の高田は笑顔また笑顔。そして饒舌だった。「今までの優勝の中で、今回が一番うれしい。格別です」。このボウルゲームを主催する新聞社が直前の特集記事で明かした、今季限りの引退。取り囲んだ記者の質問は当然そこに集中した。「今季限りで辞めるというのはシーズン前から決めていた」という。


 しかし、今季パスで12TD、インターセプトはゼロ。残り1分の逆転TDといい、その前に決めたエースWR頓花達也への42ヤードTDパスといい、水際立ったクオーターバッキングは、引退を目前にした選手のパフォーマンスではなかった。


 本当に引退するのか、翻意はしないのか、尋ねられた高田は「みんなから引き留められています。まだ決められないんですよ」と笑いながら答えた。
 2ポイントコンバージョンのプレーを尋ねると、「一応、パスを投げることにはなっていたんですがね、つい走ってしまいました」と茶目っ気たっぷりだった。


 高田の今季は波瀾万丈だった。去就の噂はいろいろ耳にしていたが、7月の世界選手権に参加する日本代表1次候補75人が4月に発表されると、当たり前のように名前を連ねていた。
 世界ランキング3位の日本は米国(同1位)、メキシコ(同4位)と同じグループで戦うこともわかっていた。


 長年日本代表のエースQBとしてプレーし、世界選手権にも2007年、2011年と2度参加した高田は、立命大の1年後輩のWR木下典明(オービック)とともに、オフェンスの中心となることがほぼ決まっていたといっていい。


 晩春から始まった日本代表の練習でも、高田のパフォーマンスは安定しており、調整が遅れていた同じポジションの加藤翔平(LIXIL)へアドバイスする姿も目立った。
 代表の森清之HCが、過去の大会では3人選んでいたQBを、高田と加藤の二人に絞ったのも、高田への信頼の表れだった。


 7月12日、初戦の米国戦で、日本は地力の差から完敗。15日の準決勝、メキシコ戦で敗れれば日本は3位決定戦に回ることになった。
 カナダが棄権した大会で、北米勢に連敗することは許されなかった。重圧の中、先発QBを任された高田は期待に応える。
 第1クオーター1分過ぎに、WR栗原嵩(IBM)へ70ヤードの先制TDパスなど、前半だけで3本のTDパスを決めた。日本は35―7でメキシコに快勝した。


 しかし、再び米国と対戦した18日の決勝で、途中から出場した高田は米DLの強烈なヒットを浴びてファンブルし、リターンTDを許してしまう。試合後、高田の第一声は「すみませんでした」。あの人懐こい笑顔はどこにもなかった。
 高田がファンブルしたのは、米国ディフェンスが6人でパスラッシュした、勝負をかけたプレーだ。攻守のラインやサイドラインの判断まで含め、日米の力の差が顕著に表れた場面で、高田一人に責任があるわけではない。それでも、高田は惨敗を詫び続けた。日本を背負った「フィールドジェネラル」の姿だった。


 最後のタイムアウト時になぜ笑っていられたのかを尋ねた。高田の答えは「ここまで来たら、最後は楽しまなければ損でしょう」。
 日本代表の攻撃の柱として米オハイオ州で味わった夏の地獄から5カ月、初冬の東京ドームが、長年苦楽をともにしたパナソニックのチームメートと辿り着いた天国となった。
 葛藤と苦難と歓喜の間で揺れ動いた、2000年代最高の日本人QBの心の軌跡に思いを馳せた。


 少しだけ違和感を覚えたのは、翌日の新聞各紙を見たときだ。日本代表としてプレーしていたことへの言及がほとんどなかった。
 高田を囲んだ取材の中では、彼の日本代表での活動を知らないかのような質問もあった。だが、専門誌ではない一般メディアの運動部系ライターは、他に多数の担当スポーツを抱えている。
 秋の土日の試合が主となるアメリカンフットボールは、当然他競技とバッティングする。取材の機会は少なくなる。結局のところ、日本のアメフットを取り巻く環境を象徴している。


 パナソニックのもう一人の「鉄の男」DL脇坂康生も、今季限りの引退を明言している。二人が今季退くのは、4年に一度の世界選手権とは無関係ではない。
 脇坂も高田も、あと1試合、渾身の戦いを楽しむ権利を得た。二人が日本アメフット界に尽くした功績を思えば、当然かもしれない。

【写真】ともに現役は今季限りというパナソニックの高田(8)と脇坂(43)=撮影:Yosei Kozano