友の話をしたい。3人とも、アメリカンフットボールが私にもたらしてくれたかけがえのない人たちだ。


 一人目の友は18歳下だ。親子とは言わないが、大きく年が離れている。しかしそんな意識はない。同志と言ったほうがいいかもしれない。とにかくアメフットが好きで、この素晴らしい競技をもっと盛り上げたい、少しでも多くの人に知ってもらいたい、という情熱にあふれている。


 彼は先日、伴侶と華燭の典を挙げた。7月の世界選手権、彼は伴侶となる人とともに開催地の米オハイオ州カントンにいた。
 「新婚旅行の代わりです」と言いながら、滞在中は毎日、私の車に乗って日本代表チームの練習場に通い、試合会場に通った。私と一緒にいる時間の方が長いのではないかと、気が引けた。帰国後も、彼は新たに立ち上げる雑誌のため、東奔西走している。「家庭を顧みろよ。奥さんを大切にしろよ」と思う。


 二人目の友は、ほぼ同年代。正確には2歳年下だった。「だった」と書いたのは、もう年を取ることがないからだ。彼は突然、永遠の旅人となってしまった。


 彼は今の私にとって最高の友人だった。知り合ったのは7年前。「男には、四十歳を過ぎてからの友達はできない」と思っていたが、それは間違いだった。
 いつも楽しく酒を飲んだ。アメフットの見方は実に独特だった。彼は選手の人相を見た。「この選手は活躍しない」。不思議とよく当たった。彼の言うとおりにドラフトしていたらスティーラーズはスーパーボウルに優勝していた。そんなシーズンもあった。


 酒と音楽とアメリカンスポーツと、そしてなによりも自由を愛し、どんな人とも分け隔てなく接した。一つエピソードを紹介する。
 ライスボウルを観戦した翌日に、新聞記事を読んだ彼の感想だ。「(富士通RBの)ゴードンや(DBの)アディヤミについて、名前ではなく外国人、米国人という書き方があった。こういう見方を僕は日本からなくしたいと思います。国籍がどこであれ、チームの一員として力を尽くした。そう皆が思うようになってほしいです」


 三人目の友は、年齢を書くと怒られるので書けない。そもそも友ではない。大先輩だ。私が生まれるよりも前に渡米し、ニューヨークで写真の道を志し、アメフットを撮影し続けてきた。
 大先輩は、昨日メールを送ってきた。「1966年からサイドラインフォト・パスがとれて今季は50年になります。アメリカでも最長不倒記録となるそうです」


 大先輩は、ベトナム戦争、黒人公民権運動、女性の地位向上、湾岸戦争や同時多発テロなどに揺れ動いた現代アメリカを生き抜いてきた。「NFLの変革、フットボールの変化、アメリカの社会史の変化をみながら50年目の取材となります」


 「50年、むだな努力だったのかどうか、わかりません。周囲をみても因果な職業だとは思いますが、自分にとっては、おもしろい半世紀でした」という言葉を読みながら、自分は何歳まで写真を撮影できるのだろうかと思う。


 ベストフレンドが亡くなったという理由を書かずに「落ち込んでいたところです」と返信したところ、大先輩は直ぐに励ましの返事をくれた。
 「何事があったか、耐えてください。いいことも必ずありますよ」。そう信じて秋のシーズンを待つことにしたい。


 NFLは今週末、カントンでプレシーズンゲームの初戦、ホールオブフェームゲームがある。フットボールの季節はもうすぐそこだ。

【写真】NFLは今週末、ホールオブフェームゲームが行われる=撮影:Yosei Kozano