米オハイオ州カントンで開催された、アメリカンフットボール世界選手権。個人的には観戦と同様に大事なミッションだった「プロフットボール殿堂」訪問について書いてみた。


 ▽先駆者としてのプロフットボール
 「殿堂」の展示は「NFL初めて物語」でもある。プロスポーツとしては遥かに先輩のメジャーリーグベースボール(MLB)に、比較対象となってもらうことにする。


 MLBはナショナルリーグの結成が1876年2月だった。一方、NFLの前身APFA(アメリカン・プロフェッショナル・フットボール・アソシエ―ション)は1920年9月に、このオハイオ州カントンで結成された。
 この年、MLBは黄金期を迎えていた。ヤンキースのベーブ・ルースが史上初めて50本を超える本塁打を放ち、ジョージ・シスラーが257安打のMLB記録を作った。
 しかしカレッジスポーツとしての歴史を持つフットボールはすぐに先輩のベースボールに肩を並べるようになる。

 NFL最初のナイトゲームは1929年11月6日。メジャーリーグは意外に遅く、1935年5月だ。NFL最初のテレビ放送は1939年10月22日。フィラデルフィア・イーグルスとブルックリン・ドジャースの対戦だった。
 メジャーリーグのテレビ放送は同じ年の8月26日。この2カ月の差は、単に開催されている季節の差だけとも思える。


 1936年2月8日、NFLが世界中の全スポーツに先駆けて行ったのが、新人選手選択のためのドラフト会議だ。ハイズマントロフィー受賞のシカゴ大学HB、ジェイ・バーワグナーが全体1位でフィラデルフィア・イーグルスに指名された。日本で2・26事件が起きる半月ほど前の話だ。MLBのドラフト導入は1965年で、実は日本プロ野球と変わらない。日本のドラフトは、NFLが手本だった。


 1956年11月、ニューヨークのウォルドルフ・アストリアホテルに多くのNFL選手が集まった。NFL選手会(NFLPA)が発足したのだ。選手会は労働組合だ。
 チーム・オーナーと労使協定(CBA)を結び、それにのっとってリーグは運営されている。過去には対立し、ストライキに至ったシーズンもある。1982年には、第3週から第10週までストライキでゲームが開催されなかった。当時はなかった第17週を急きょ加えて、なんとかシーズン9試合開催とした。
 メジャーリーグでは、散発的に小さな組合が組織されたことはあったが、本格的な労働組合としての選手会が組織されたのは1965年だ。


 初めて北米以外で開催されたNFLの試合。それは1976年8月16日に、東京・後楽園球場でセントルイス・カージナルスとサンディエゴ・チャージャーズが対戦したプレシーズン戦だ。
 この試合は毎日新聞社が「毎日スターボウル」と銘打って開催した。自分の勤務先がNFLの歴史になっていたとは思いもよらなかった。


 ▽「4度目の正直」だったAFL
 NFLに対抗するプロリーグは何度も結成されたが、わずかの例外を除いてすべて失敗し消滅した。第2次世界大戦後に結成されたオール・アメリカ・フットボール・カンファレンス (AAFC)は数シーズン健闘したが、1949年のシーズン終了後にブラウンズ、49ers、コルツがNFLに加わる形で吸収合併された。


 NFLと唯一渡り合った新興リーグが1960年に結成されたAFL(アメリカン・フットボール・リーグ)だ。スーパーボウルの名付け親としても有名なラマー・ハント氏が中心になってテキサンズ(現チーフス)、レイダーズ、チャージャーズ、ブロンコス、タイタンズ(現ジェッツ)、オイラーズ(現タイタンズ)、ビルズ、ペイトリオッツの8チームで結成された。
 他の新興リーグとの違いはテレビ放映料だった。テレビのカラー化が進む中、テレビ局は優良なコンテンツとしてフットボールを見た。AFLはABCと契約を結び、潤沢な資金はNFLとの競争を支えた。NFLもCBSとブラウンズを除く全チームとの一括契約で対抗した。


 1966年にはドルフィンズも参加し9チームとなったAFLは、NFLとほぼ対等の形で4年後の合併を決定した。その時に開催されたNFL-AFL選手権が、後からさかのぼって第1回スーパーボウルとされた。
 1970年にはNFLからコルツ、ブラウンズ、スティーラーズがAFLに回って、AFCとなった。AFLとの競争と合併が、現在のNFLの隆盛を築いたと言って過言ではない。


 そのAFLが、同名称の組織としては4番目だったことを、今回の訪問で知った。過去のNFLは1926年、36年、40年に結成されたが、いずれも最長2シーズンで消滅していた。1960年のAFLは「4度目の正直」だったというわけだ。


 殿堂の対抗リーグの展示は、1970年代のWFL(ワールド・フットボール・リーグ)、1980年代のUSFL(ユナイテッド・ステーツ・フットボール・リーグ)までで終わっている。2001年にプロレス団体のWWEが後ろ盾となってになって1シーズンだけ運営されたXFLは展示がなく、アナザーリーグとしては認められていないようだ。


 ▽歴史的名プレー「聖母受胎キャッチ」
 殿堂に展示されている歴史的な名プレーはあり過ぎて選択に困る。ただスティーラーズファンとして選ぶのは、やはり1972年の「イマキュレート・レセプション」(聖母受胎キャッチ)だろう。


 12月23日にスティーラーズの本拠地ピッツバーグ市のスリーリバーススタジアムで行われたディビジョナルプレーオフ。レイダーズに1点差でリードされた第4クオーター残り22秒、タイムアウトはない。  レイダーズディフェンスのラッシュを避けたスティーラーズのQBテリー・ブラッドショーは強肩からロングパスを投げる。そのパスが、RBのジョン・フュクーアに当たって跳ね返ったところを、ルーキーRBのフランコ・ハリスが地面すれすれでダイレクトに拾い上げる。ハリスはそのまま走り切ってタッチダウン。奇跡的な逆転勝利となったのだ。
 あまりに有名で、私も何度見たかわからないほどのプレーだが、殿堂の地で見る映像はまた別の感激があった。


 QBティム・ティーボウも展示されていた。2012年1月のワイルドカードプレーオフで、スティーラーズと対戦したブロンコスは、ティーボウが延長オーバータイムの最初のプレーで、WRデマリアス・トーマスに80ヤードのTDパスを決めて試合を決めた。
 このプレーの展示もあったのだ。選手としては実績はほとんどゼロと言っていいティーボウだが、注目を集める存在として無視できないのだろう。


 ▽「ゲームを愛することは、最高に素晴らしい」
 壁面には、殿堂入りした名選手や名コーチの言葉が飾られている。最近のものではテキサンズのDEで今やリーグを代表するスーパースター、J・Jワットの「Success is’nt owned.It’s leased,and rent is due everyday.」(成功は、所有できない。リースだ。賃料は毎日発生するんだ)という言葉が、なかなかグッとくるものだ。


 今回のコラムは、バファロー・ビルズを4シーズン連続でスーパーボウルに導いた名将マーブ・リービー・ヘッドコーチ(HC)の言葉で終わりたい。


 リービーHCは2001年に殿堂入りした。そのあいさつを以下の言葉で締めくくった。「To know the game is great.To play the game is greater.But to love the game is the greatest of them all.」(ゲームを知ることは素晴らしい。ゲームをプレーすることはもっと素晴らしい。しかし、ゲームを愛することは、何にもまして最高に素晴らしい)。
 この言葉を、いつも心に刻みながら撮影していきたい。

【写真】「聖母受胎キャッチ」の展示=撮影:Yosei Kozano