米国時間の7月9日、いよいよアメリカンフットボール世界選手権が始まる。4年に1度の大会、特に今回は特別な意味がある。フットボールの本家、米国で、プロフットボール栄誉の殿堂がある「聖地」オハイオ州カントンでの開催だ。
 スポーツ専門局、ESPNでの中継も決まった。順当なら,現地7月12日の日曜日午後7時に、森清之ヘッドコーチ(HC)率いる日本代表は米国代表と対戦する。日本のアメリカンフットボール史上、最も重大な意味を持った試合になる。


 今回の日本代表主将は、日本を出発する7月7日の時点で、まだ決まっていない。森HCは6月27日の会見で「現地に入ってから決定する可能性もあるし、このまま決めずにいくかもしれない」と答えている。
 ただ、私の見るところ、チームリーダーは決まっている。それはWRの木下典明(オービック・シーガルズ)をおいてほかにいない。天才肌で、どこかのんびりと見える木下だったが、これまで何度も小欄で取り上げたように、今回は気合いの入り方が違っている。練習前後のハドルでも、必ず口火を切って発言、チームに活を入れている。


 日本のアメフット界では圧倒的な実力を見せつけてきた木下は、昨年の12月で32歳になった。日本代表に関わるようになったのは20代後半になってから。世界選手権出場は28歳の前回大会が初めてだった。
 2007年の川崎大会(当時はワールドカップ)のとき、24歳だった木下は、日本代表の阿部敏彰監督(アサヒビール・シルバースター)から、当然声をかけられたが、このときの代表チームは始動が早く、2次候補発表が4月15日だった。


 NFLヨーロッパで前シーズンにベストリターナーに選出された木下には、日本に残って代表候補として練習に参加するという選択肢は無かった。
 このシーズン、木下は2年連続でリターナーとしてオールNFLヨーロッパに選出され、アトランタ・ファルコンズとシーズン前に契約してキャンプやプレシーズンゲームにも参加。しかし開幕ロースターには残れなかった。


 木下が初めて日本代表となったのは、2009年7月のノートルダムジャパンボウルだ。ノートルダム大OBチーム「レジェンズ」は、ファルコンズのキャンプでトップ級の選手とともに練習した木下から見れば、まったくレベルが違うチームだった。しかし、そのレジェンズに、日本代表は力負けした。


 木下が再び日本でプレーすることになったのは2011年。長らく海外でプレーしてきた木下は、オービックで日本のフットボールに復帰して最初の練習でそのギャップを味わった。
 「ショートスラントとか、全然捕球できなかった」。木下の感覚では、キャッチの瞬間に、ディフェンスのタックルが体にめり込んでくるぐらいの遅いタイミングでパスが来る。「これはファンブルする、危ない」という感覚で周囲を見るとディフェンスの選手が誰もいなかったという。


 木下は、NFLヨーロッパやファルコンズのキャンプの際は、「1プレーごとに120パーセントの力で、もういつ動けなくなってもおかしくない」という渾身のプレーを続けてきた。そうでなければ通用しなかったからだ。
 だが「日本と海外のアメフットは、僕の中では『違うな』というのがある」という。木下はレシーバーの動きの中で、ブレークやキャッチについてとても細かく突き詰めていた。しかし、日本でプレーする場合「それをしなくてもプレーできてしまう」という。


 木下が海外でプレーしていた時、基本的にQBのレベルが高いのでWRとしては余計なことを考えなくて良かったという。「1対1でDBを抜くことだけを考えて、抜いたら決められたルートを全速力で走って、顔を向けたらそこにボールが飛んでくる。カムバックパターンも、しっかり止まって、全速力で戻ってきたらそのギリギリのところにリードボールのパスが来る」
 どれだけ速いスピードでストップして、どれだけ速いスピードで次の動きができるかを突き詰めて考えていたが、日本ではそこまでのレベルのフットボールはないというのだ。


 「日本のタイミングで『ここが空いているからここに投げましょう』では遅い。だが、日本で、僕がブレークを意識して、全速力で走り込んだら、QBはタイミングが早すぎて投げられない」。違いはQBのパス能力に限らない。DBもそれほど速い反応を見せない。
 「Xのリーグ戦に関して言えば、突き詰めることが勝利に役に立つのかと言えば必ずしもそうではない。だが、今回のアメリカとの対戦ではそれを意識しないと厳しい」。そして、今回の日本代表のレベルなら「僕はそれを追求させます」と言った。


 ただ「それは、アメリカがすごくて、日本があかんという話ばかりでもない」と木下は言う。アメリカのアメフットが20ヤード、15ヤードでやっているところを、日本は5ヤードでやっている。
 「オフェンスとしての勝機がないわけではない。QBとレシーバーのタイミングであったり、投げ込むスペースであったり。どれだけ小さい部分で精度を上げていくか」
 アメリカ人は、アメリカ人としか対戦していない。パスディフェンスでも、対アメリカ人用のカバーをしてきたときに、日本がもっと狭いところできっちり決めていくのであれば付け入る隙は出てくるということだ。


 ただその分、ディフェンスの選手が、自分たちがイメージしている以上の動きをしてくることは考えなければならない。アメリカの選手はしっかり下がる、しっかり守るというのがベースになっている。「下がっている分だけ、寄りが速く、判断が速い。日本人にはあるように見えるレシーバーのスペースを極限に消してくる」


 米国のDBやLBの「寄りの速さ」については、森HCらコーチ陣も口をそろえて指摘する。どういうことなのか、木下に体感を語ってもらった。
 「自分はパスキャッチの前から、捕球後にどこを走ったら良いのかイメージができている。そのイメージしている走路すべてが、詰めてきたDBにつぶされて『行くところがない!』という状況になる。捕った瞬間に、一歩も動けない状況になる」


 木下は、若いレシーバー陣にも厳しい目を向ける。「日本のレベルで『球際に強い』というのは、僕の中では何の意味も持たない」。想像以上の強烈なヒットを受けながらプレーしてこその話だからだ。


 今回のアメリカは、大きく強いOLやRBをそろえて、(力で粉砕する)パウンディングオフェンスを考えている節もある。
 しかし、ラン主体となれば当然時間がかかる。対抗する日本がテンポ良くタッチダウンを続けて奪うことができれば焦りも出てくるだろう。「(オフェンスコーディネーターの)富永さんは『アメリカと撃ち合いをする(点の取り合いをする)』という気でいるし、僕も撃ち合う覚悟はある」


 試合まで、もう時間は限られている。そんな中で、少しでも積み上げられるのが「1プレー1プレーの理解力。理解の統一と正確さがもっともっと必要だ」と木下は言う。


 例えば、4人のWRを縦に走らせる「4タテ」というプレーでも、決まりごとはチームによって違う。「アメリカ人と1対1でフィールドで勝負するとき、どこかしらで勝てる場所は出てくる。しかしそれが、全員の統一された、決められた動き、決められたタイミングの中で出てこないと、QBはパスを投げられない」


 今回の代表チームのWRは、皆自分のチームに戻ればエースレシーバーだ。「DBとマンツーマンの際に、『お前のチームでは、QBはずっとお前を見ていて、空くのを待って投げてくれる。だからパスが決まる。でもこの代表ではそういうわけにはいかない』と若い選手には言っている」


 木下が6月28日、日本での最後の強化練習後にハドルで語った言葉が印象に残っている。「今日から、大会が始まるまで、日本の初戦の日まで。毎日必ず『日本代表として戦う』ということを思い続けてほしい」
 他の競技なら当たり前のように聞こえるかもしれないが、アメフット日本代表の大多数が多忙な毎日を送るビジネスマンだ。チームとしての練習も週2回しかできない。そんな中で「1時間でも、あるいは1分でもいいから、「日の丸を背負って戦う」意味を自分に問い続けなければならないという。


 さらに木下は語る。「これから毎日、45人の仲間のことを思え。コーチ陣、マネジャー、スタッフのことを思え」。それがひいては代表チームでのフットボール理解につながっていくと信じている。


 最後に、日本のファンに向けてメッセージをお願いした。


 「自分はこうしたいということを決めたら、とことんやる。今までアメリカ人と対戦して、アメリカ人に負けてきた。今度は、日本という国を背負って選手45人で戦う。勝ちにこだわって、なんとしてでも結果を残したい。どうぞ応援よろしくお願いいたします」

【写真】最後の強化練習後のハドルで話す木下。左はDL脇坂=撮影:Yosei Kozano