7月9日から始まるアメリカンフットボール世界選手権(米オハイオ州カントン)に挑む日本代表オフェンスの根幹は変わらない。
 ショットガン隊形からのスプレッドオフェンスで、速いタイミングのショートからミドルのパスでゲインを重ねるというものだ。このオフェンスは過去戦ったどの相手に対しても一定の戦果を挙げてきた。


 今回も日本の主武器はレシーバー陣だ。WR木下典明(オービック)栗原崇(IBM)前田直輝(LIXIL)を中心にスピードと敏捷性に優れたメンバーがそろう。
 RBも今回のオフェンスを象徴している。ブロッキングを生かしたデイライト能力の高い古谷拓也(オービック)高木稜(IBM)。リターナーとしても優秀な神山幸祐(富士通)、卓越したしたスピードを持つ李卓(慶大)。4人はいずれもレシーブ能力が高いという特長を持つ。外へのランの代わりとなるクイックスクリーンとインサイドのランの組み合わせとなる。
 

 オフェンスを支えるOLは、8人の平均が187.6センチ、126.6キロ、27歳。187.3センチ、119.4キロ、30歳だった前回よりも、7キロ重く、3歳若く、しかも一人多い。
 過去の世界選手権日本代表にはいなかった300ポンド(136キロ)以上の選手が2人いる。森清之ヘッドコーチ(HC)も「サイズがあってスキルも高い。私が関わるようになってからでは、完全に一つ抜けたレベルにある」と評価するポジションだ。


 オフェンスの焦点はやはりQBだ。今回の日本代表はこれまで3人だったQBを二人に絞り込んだ。森HCは早い段階から、過去の代表チームに触れ、3人目のQBまで使いこなすことは困難という見解を示していた。
 一方で、中2日で3試合という日程を考えても、複数のポジションをこなす選手を可能な限り増やしたい。前述のように今回のRB陣ならWRとしてもセットできるだろう。ディフェンスでも、DEとLBを両方できる選手はいる。QBは他のポジションを兼任することは難しい。


 しかし、QBを絞り込んだ最大の理由は一人当たりの練習時間、量を増やすためだ。今回の米国ディフェンスの特徴は、パスラッシュ系のOLB、DEが多くいることだ。
 Xリーグでは圧倒的な存在感を持つバイロン・ビーティー・ジュニア(オービック)もその一人だが、彼と変わらぬ力を持ったパスラッシャーが何人もいる。


 さらに、米国のDBは大きくフィジカルが強く寄りが速いという。アルリワン・アディヤミ(富士通)のような選手が何人もいると考えなければならない。
 QBが、レシーバーが空いているのを見て投げたのでは間に合わない。レシーバーとの呼吸を合わせ、カバーが空いた一瞬にドンピシャのタイミングで投げ込まなければいけない。


 ベテランQB高田鉄男(パナソニック)は、日本代表としての経験が豊富で、このスタイルのオフェンスには立命大の頃から取り組んでいる。
 体は頑健で、肩が強く脚力もある。しっかりこの大会に照準を合わせて仕上げてきた。平本恵也(富士通)も含めたQB3人の段階から、安定感では群を抜いていた。
 しかし年齢を考えると、急速にパスが上達して、爆発力のあるオフェンスをリードできるとは考えにくい。鍵を握るのは、もう一人のQB加藤翔平(LIXIL)といっていい。


 QBとしての加藤の特徴は、ディフェンスのカバーを読み、正確で速いタイミングのパスを決める力だ。しかし、他の日本人QBにはないもっと大きな長所がある。逆境の中でも、精神が揺らぐことなくパフォーマンスを継続できるのだ。
 社会人アメフットXリーグで「相手のチーム力が上」「序盤で大量リードを許す」「強い外国人パスラッシャーがいる」といった不利な状況下で、好結果を残してきた。


 鹿島ディアーズ時代の2013年秋のXリーグセカンドステージ。負ければ鹿島としては最後となってしまうパナソニックとの一戦。
 開始早々から自らの連続インターセプトで0―17と追い込まれるが、その後9割を超えるパス成功率でオフェンスを引っ張り、47―45で逆転勝ちした。ランとパス合わせて4タッチダウン(TD)を記録した。


 昨年10月のファーストステージのオービック戦。オービック絶対有利の前評判の中、ケビン・ジャクソンとビーティー・ジュニアの2枚看板のプレッシャーに屈せず、速いタイミングの正確なパスを決め続け、オービックに秋季リーグ戦5年ぶりの黒星をつけた。


 11月のファイナルステージ(社会人準決勝)。IBMのQBケビン・クラフトのパスに、味方守備がまったく対抗できず、立て続けにTDを奪われて0―21とリードされたところから反撃する。
 この点差ではパスしかないと読んだIBMディフェンスに何回もインターセプトを喫するが、加藤は気持ちが折れない。第4クオーター残り7分で38―62と24点をリードされた後でも、1分足らずの間に2本のTDと2本の2ポイントコンバージョンを決め8点差とした。


 最終的には54―69で敗れたものの、パス501ヤードで7TD。IBMの山田晋三HCが「加藤君はこれ以上はないという場所とタイミングで決めてきた。守りようがなかった」と語ったほどだった。NFL流に表現するなら「ゾーンに入った」とでも言うのだろうか。


 加藤は今回、その3試合を淡々と振り返った。パナソニック戦は「よい意味で開き直れた」。オービック戦は「クイックリリースを意識して、決められたタイミングでその通りにできた」。
 IBM戦の第4クオーターは「準備していた2ポイント用のプレーをそこまで使わずに済んでいたから、24点差だから8点づつ3回取ればいいと思っていた」。「ゾーン」の話を質問しても、「いつも通り。特に調子がよかったとか、何かブレークしてすごいパスを決めたとかいう実感はない」。そして「IBM戦は、結局は負けですから」と付け加えた。


 日本代表は、パスオフェンスが仕上がっていない。富永一オフェンスコーディネーターは、「レシーバー陣のそれぞれの感覚がまちまちで、理解をそろえるのに時間がかかった」。高田は世界選手権出場3回目ということもあって、上手く合わせてきているが、「加藤はシビアなタイミングでドーンと投げ込んでいる」という。
 それだけにレシーバー陣とタイミングが合うようになれば、ハイスコアにつながる爆発力を持つと、富永コーディネーターは見ている。


 加藤の今春は、順調とは言い難いものだった。Xリーグの春季交流戦は、5月下旬の富士通戦で出場予定だったが、試合直前の負傷で欠場し実戦なし。
 その後に始まった日本代表強化練習も、当初の2週はスタイルをしない軽いメニューにとどまった。その後復帰したが、パス練習ではコントロールが狂い、インターセプトを喫する場面が何度もあった。
 6月14日の壮行試合では投げるタイミングを失い、ランに出るシーンもたびたび見られた。調子だけで見れば、高田と平本という選択肢もあり得ると思ったほどだ。しかし、残ったのは加藤だった。


 加藤は、不調に見えた強化練習時について「個々のパスプレーについて、自分のイメージした投げたいところに、投げたいタイミングで投げ込んで、そこでレシーバーとの感覚を付き合わせたい、ということを優先していた」という。
 「自分の中では、攻めてチャレンジしていた結果だった」ということだ。「日本では決まるパスでも『それだとカットされるよ、決まらないよ』と(高田)鉄男さんや(木下)ノリさんがアドバイスしてくれる」。それを意識しながら、少し遠くに投げ込むことを心がけているという。
 QBが二人になって練習量が上がり、レシーバー陣の走り方や癖もわかってきたという。「コミュニケーション、タイミングの部分で合っていないパスは減ってきている」と話す。


 現在、QBとWRは、正規の練習終了後もフィールドに居残ってのプレー確認。その後もミーティングを重ねている。プレー数も絞り込んで、より高い精度のパスオフェンスを目指している。
 ただ、どれだけ精度を高めても相手のある話だ。「現地で、試合中にアジャストしていかなければならない場面が必ず出てくる。レシーバーと短い時間でしっかり意思疎通することを心がけている」という。


 加藤に、追い込まれている状況で集中力が高まっていくのかと聞いた。「やってやろうとか、点を取らなければいけないと意識したことはない」と、普段どおりにやるべきプレーをやってきた。「練習でやっていた、見たことのある景色、見たことのあるプレーに対応する」ことが試合でできているという。


 日本代表とはいえ、練習は週2回。関学大時代のような「毎日の豊富な練習量に裏付けられた自信」に頼ることはできない。
 「試合前日に、極限まで自分を追い込んで、最悪の事態を想定する。その状態で寝てしまうと、当日はすっきりした状態、クリアな頭で試合に臨める」という加藤。独自のイメージトレーニングが逆境での強さを生んでいる。


 加藤は「自分がなにかをしたと思ったことはありません」という。関学大では、2~4年生時には甲子園ボウルに出場できなかった。
 鹿島、LIXILでも社会人王座には縁がない。「QBは勝ってなんぼ。パスがうまいといわれても、良いQBといわれても意味がない」。だから今大会、誰よりも勝利にこだわっている。


 日本代表の正規の強化練習はすでに終了した。7月7日の渡米直前となる4、5日にQBとレシーバー陣などを中心とした自主練習を東京・調布で行う。
 主武器のパスという「日本刀」を最後の最後まで研ぎ澄ます。

【写真】WR木下と話し合う高田、加藤=撮影:Yosei Kozano