7月に米国オハイオ州カントンで開催されるアメリカンフットボールの世界選手権(国際アメリカンフットボール連盟=IFAF主催)で3連覇を狙う米国代表のコーチ陣が、同代表の公式サイトで発表された。
 今回はダン・ホーキンス・ヘッドコーチ(HC)を中心とする、個性的で強力な顔ぶれについて、考察してみたい。


 過去の米国代表HCを振り返ると、2007年の川崎大会(当時はワールドカップ)のジョン・マコービックHCはNFLカンザスシティー・チーフスでもHC経験を持つ大物だったが、大会当時63歳で、コーチ業からは事実上引退していた。
 11年のオーストリア大会のメル・チャーチマHCは、カレッジフットボールで通算242勝の実績があったが、指導した大学は全米大学体育協会(NCAA)のディビジョン2、3(実質的には3部、4部)に属していた。


 チャーチマ氏も大会時65歳で、やはりコーチ業からは引退していた。率直に言えば、試合をコントロールする能力を買われたというよりは、寄せ集めチームのまとめ役のために、60代「お爺ちゃん系」コーチが引退後に引っ張り出されてきたということだ。


 今回のホーキンスHCは違う。1960年生まれの54歳で、NCAAの1部(旧ディビジョン1A=現在のFBS)校、ボイジー州立大とコロラド大でHCを歴任。最近では、短期間だがCFL(カナディアンフットボール・リーグ)の強豪モントリオール・アルーエッツのHCを務めた。特に重視したいのはボイジー州立大での53勝11敗という実績だ。


 ここで、詳しくない人のために解説をしておきたい。米カレッジフットボールで、ボイジー州立大は今世紀に入ってから頭角を現してきた「新興勢力の雄」ということだ。
 ボイジーが強豪として全米に認知され始めたのが、ホーキンス氏の時代だった。ボイジーが1部に昇格したのは1996年。2部(ディビジョン1AA)で実績を積み重ねたとはいえ、昇格後の2シーズンは6勝17敗と1部校には歯が立たなかった。


 しかしホーキンス氏がアシスタントHCに就任後の1998年に初めて6勝5敗で勝ち越すと歯車がかみ合い始める。ボイジーは99、2000年には連続で10勝を挙げボウルゲームに出場。01年からホーキンス氏がHCに昇格すると、1年目は8勝4敗だったものの、翌02年のシーズンからの3シーズンで36勝3敗(カンファレンス内24戦全勝)という好成績を記録した。
 AP通信によるランキングは最高で全米10位。1部昇格後数年のチームとしては考えられない快進撃だった。


 ボイジーのあるアイダホ州は全米レベルでいえば田舎といってよい。大学のスタジアムは収容3万人。1万人は1部昇格時に拡張したもので、元は2万人だった。
 ミシガン大、オハイオ州立大のような10万人規模のスタジアムを持つ名門大学から見れば「上中下の下」だ。
 人気も注目度も高くなく、スカラシップ(奨学金)で選手を集めようにも、高校フットボールのスター選手は入学しない。大学体育局の予算も名門大学から見れば一桁は少ないという。そんな、「ないない尽くし」の環境で、ホーキンスHCはチームを鍛え上げ強豪校の仲間入りをさせた実績を持っているのだ。


 ビッグネームということなら、米カレッジフットボールには名将は多数いる。ホーキンス氏はコーチとしては、中堅ランクかもしれない。
 しかし、限られた予算と人材の中で、強いチームを作り上げる点では相当の手腕とノウハウを持っている。NCAAの規制で現役大学生が出場できず、もちろんプロのNFLからも参加は有り得ない米代表チームのHCにはうってつけの起用といってよい。


 ここまで書くと、ホーキンスHCは「守備とスペシャルチームを鍛えて、最少点差で勝つハードノーズフットボール」を展開するのでは、と想像する読者も多いだろう。ところが違う。
 02~04年までのボイジー州立大オフェンスの得点は、全米1部117大学中(当時)で1位、1位、2位。ライアン・ディンウィディーとジャレッド・ザブランスキーというNFLにも進んだほどの優れたQBを擁し、ラン、パスのバランスの取れた攻撃で1試合平均40点台後半という高い得点力が躍進の原動力だったのだ。


 今回も同様のチーム作りを意図した布陣と言える。ディフェンスコーディネーター(DC)のロバート・タッカー氏は、ボイジー州立大、コロラド大時代にホーキンスHCの下で働いた腹心。年齢のデータはないが、97年大学卒業なので40代前半だろう。
 コーディー・ホーキンスQBコーチは、ホーキンスHCの息子で、前回オーストリア大会の米代表エースQBだったため、世界選手権の現場を熟知している。現在は昨シーズン全米王者のオハイオ州立大でスタッフとして働いている27歳。ダリアン・ヘイガンRBコーチはホーキンスHCの、ジェリー・ブレイデイDLコーチはタッカーDCの下で働いており「ホーキンスファミリー」といってよい。


 オフェンスコーディネーター(OC)のポール・ウルフ氏は、ワシントン州立大HCやNFL49ersのアシスタントコーチも務めた豊富な経験を持つ48歳。ダン・モリソンWRコーチは昨シーズンまでサザンメソジスト大でオフェンスコーディネーター、その前はハワイ大でQBコーチを務めたが、両大学はラン・アンド・シュート戦術による全米屈指のパス攻撃で有名だった。
 ハワイ大時代の教え子にはQBではコルト・ブレナン、ティミー・チャンがおり、サザンメソジスト大では、NFLで昨シーズン、プロボウルに選ばれたWRエマニュエル・サンダース(ブロンコス)を育てた。


 今回の人選で最も注目されるのは、トム・カウマイヤーDBコーチだ。「この名前、どこかで聞いたことがある」と思った方も多いだろう。
 カウマイヤー氏は昨シーズン、Xリーグ富士通フロンティアーズのコーチとして、スタジアム上部のスポッター席に陣取ってフィールドに指示を送り続けた、富士通強力ディフェンスの「軍師」だった。


 オービック・シーガルズやIBMビッグブルー、関西学院大ファイターズのオフェンスを「丸裸」にしたカウマイヤー氏は、木下典明、栗原崇、中村輝晃クラークら今回の日本代表の主武器ともいうべきWRや、QBの加藤翔平、高田鉄男らをつぶさにスポッター席から観察、分析している。米でもチュレーン大やハワイ大、NFLジャガーズでコーチ経験を持つ歴戦のベテランでもある。


 「ファミリー」で守備とラン攻撃を固めつつ、パス攻撃ではハイスコアゲームを展開できる戦術家をそろえ、さらにNFL経験者と日本のフットボールを熟知した人材を集めた強力な布陣だ。


 特筆すべき点はまだある。前述のコーチの多くは、現在の職業というか肩書きが微妙だ。たとえばホーキンスHCは、スポーツ専門局ESPNのスタジオアナリストという職にあるが、1部校のHCに復帰できれば、年俸は日本円換算で「億」となる。
 ありていに言って、間違いなく今よりも稼げる。米国は実利社会だ。他のコーチも、自身の「就活」のためにもやる気がみなぎっていることだろう。


 優れたサイドラインに加え、代表選手候補としてもオービックのOLケアラカイ・マイアバ、DLのバイロン・ビーティー・ジュニアが招集されている。
 彼らのようなNCAA強豪校で先発経験を持つ選手が、招集の基準だとすれば、過去とは違うレベルの代表となる可能性がある。


 コロラド大時代にホーキンスHCの元でプレーしていたビーティー・ジュニアは、今春のXリーグ交流戦では明らかに鍛えて絞り込んだ体型でプレーしていた。彼のシェイプアップ一つとっても米国の「やる気」が垣間見える。


 米国代表の話ばかりを書いたが、日本のコーチ陣にも強力な助っ人がいる。名門スタンフォード大でアシスタントコーチを務める河田剛さんがコーチ陣に加わることが決まった。
 河田コーチは09年のノートルダムジャパンボウルで、ノートルダム大OBチーム「レジェンズ」側にコーチとして加わり、レジェンズ勝利に貢献した経験を持つ。
 日本代表のコーチ陣に加わることが念願だった河田コーチは、カレッジを中心とした現在の米の戦術に精通している。選手の指導だけでなく分析役としても期待されている。


 本来アメリカンフットボールとは、相手を知り分析する準備から戦いが始まる。これまでの世界選手権は、どんな戦術を採用するのか、どんな選手が出場するのか、どんなフットボールチームなのか、開催地に、スタジアムに到着してみないと、もっと言えば試合が始まってみないとわからなかった。今回は「よりまともなアメフット」に近づいたといったら言い過ぎだろうか。


 今回の世界選手権は、欧州勢の辞退や、直前になってのカナダの不参加など、どうもやる前から芳しくない話が聞こえてくる。
 しかし、そんなことは気にならない。米国チームが、おそらくこれまでとは桁違いに強くなる。日本代表と、「強いUSA」のガチンコフットボールが見られるのだ。こんなにワクワクすることはない。一アメフットファンとして、純粋に大会を心待ちにしている。

【写真】2007年の川崎大会が初出場だった米代表=撮影:Yosei Kozano